月に黒猫 朱雀の華

幕外・四 彼女たちの事情

「あなたは、どうしますか?」
「わたし?」
 アレックスとシオンが話している間、黙々と、しかし幸せ一杯にケーキを食べていた白レンは向けられた言葉に小首を傾げた。
 口元にはクリームの欠片と、少女の姿には似つかわしくないまでの不敵な笑み。
「……決まってるじゃない」
 最後の一口を口にしてゆっくりと味わってから飲み込む。ついでに口元のクリームも指ですくってなめる。
「わたしに何の断りもなく、勝手にタタリを展開しようなんて許せないわ」
 白レンの眼に、冷ややかで尊大な、そして無邪気さと狂気の混じった色が浮かぶ。
 無慈悲に君臨する、ハートの女王。
 それを見なかった振りをしてシオンは頷く。
「わかりました。では、共同戦線と言うことで」
「ええ。
 ……さつき達は?」
 シオンの表情が、僅かに陰った。
「出来れば、彼女達は巻き込みたくはありません」
「そうね……でも、あの子は案外こういう事には勘が良いわよ?
 そして気づいたことに知らんふりが出来る子じゃないわ」
「ええ、わかっています。おそらくはこちらから話した方がいいでしょうね……」
 そう言いながらもシオンの表情は浮かない。
――さつきを危険に巻き込みたくないんだろうな。
 シオンの気持ちがアレックスには何とはなしに察することが出来た。
 不幸の一言ではすまない事情で吸血鬼になってしまったこと以外は、弓塚さつきという少女は至って普通の少女だ。少々うっかりなところはあるが明るく前向き、そして友人思いだ。シオンや白レンが戦うというのを黙って見ているなど出来ないだろう。
「どうするかはあなたに任せるわ、シオン。あなたの方がさつきとのつきあいは長いんだし」
 わたしには他にすることもあるし、と小さく白レンは呟く。
 物憂げな様子であり、同時に何か不機嫌そうであり、それでいて心配そうな白レンの表情に、ごく自然にシオンは「他に?」と問うていた。
 途端、
「べ、別にたいしたことじゃないのよ! ただちょっとね、放っておく訳にはいかないからだから、仕方なくなのよ?」
白レンは顔を赤くしてまくし立てた。
「…………白レン?」
「っ! な、なんでもないわ! ちょっとあなた、ケーキの追加よ! 今度はね……」
 怪訝な顔のシオンに更に白レンは慌てながら、彼女にとっては幸いにも近くを通りかかったウェイターを捕まえてケーキを注文をする。
――なるほど。
 クスリ、とシオンは笑う。
「な、なによ!」
「いいえ。アレックス、私達はそろそろ行きましょうか」
 白レンの様子を驚きつつも興味深そうに眺めていたアレックスを促し、シオンは立ち上がる。
「白レン、私の連絡先は変わっていませんから、いつでも連絡してください。
 家の方にもいつでも戻ってくださいね。さつきも喜びますよ」
「わかったわ。何かあったらあなたの方からも連絡して」
 ようやく少し落ち着いた白レンは、ことさら真面目な顔を作ってシオンを見上げた。
「今度のタタリ、とてもいまいましくて……とても嫌な感じがする」
「……ええ」
 一呼吸置いて頷いたシオンはK´に目を向け、「白レンを頼みます」と声をかけ、アレックスと共にカフェを後にした。
 その背を、慌てふためく白レンの声が追った。


「……あれが白レンか」
 雑踏の向こうに、すっかりカフェが遠ざかったところでぽつりとアレックスが呟く。
「お前の言ってた通りの奴だな」
「そうでしょう?」
 妙に感心したアレックスの口調に、シオンはフフッと笑みながら彼を見やった。
「……思っていたよりも賑やかだったが」
「おや、そうでしたか。いつも通りの白レンでしたよ」
「そーなのかー」
 気のない答えを返しながら、ちらりとアレックスは肩越しに振り返る。
「あなたは、K´の方が気になりますか?」
「まあな。あいつ、かなりできるな。お前は何か知ってたようだったが」
「後で話しますよ」
 無愛想なK´の表情を思い出しつつ、シオンは心中で呟いた。
――白レンも興味深いパートナーを見つけたものですね……

「……もう、シオンったら」
 ふうふうと荒く息をつきながら座り直す白レンの元へ、追加注文のケーキが置かれる。ミルクを一口飲んで、白レンは打って変わってにこにことケーキの皿を手に取った。
「ここのケーキ、おいしいわ〜」
 優雅にフォークを手にし、白レンが軽やかにケーキに手をつけようとしたその時。
「……おい」
 ぼそりと不機嫌げに、K´が口を開いた。
「俺は帰るぞ」
 

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