月に黒猫 朱雀の華

幕外・三 タタリ

「今のこの街の状況について貴女が思うことを率直に話して下さい」
 向き直った白レンにシオンは問う。
「タタリね」
 街行く人々へちらりと視線を投げた白レンは芝居がかった仕草で眉をひそめて見せた。
「噂の広がり方も、漂う気配もタタリの舞台を整えているみたいだわ。それも無理矢理に」
「貴女もそう感じますか」
「ええ」
 でも、と、白レンとシオンの声が重なる。
「今回の主催者はズェピアではない」
「わたしじゃないわ」
「ならば誰だと思いますか?」
「わからない」
 かぶりを振った白レンは、でも……、と言葉を濁した。
「どうしたのですか?」
「……新しくタタリの主導権を握った誰か……シオン、貴女に似ている気がするの」
 少し上目がちにシオンの表情を伺いながら白レンは言うが、彼女の危惧をよそにシオンは平静そのものであった。
「そうですか」
「驚かないのね」
「白レン、ズェピアは私の祖先ですよ。次の者が私と似ていても今更驚くことはありません」
 そう言ってシオンはうっすらと苦笑するが、白レンは納得がいないという顔をしている。
「何か知ってるの?」
「知っているわけではありませんよ」
「じゃあ……」
 なおも問い詰めようとする白レンの前に、ウェイターが注文のケーキとミルクを置いた。
「ちょっといいか」
 あっさり気を反らしてフォークを手に取る白レンを横目に、それまで無言だったアレックスが口を開く。同じく無言だったK´の方はと言うと、ウェイターが持ってきたサンドイッチを黙々と食べている。
「なんですか、アレックス」
「タタリってなんだ。なんだかやっかいなものらしいことはわかるが……」
「……そうですね」
 シオンはカップに残っていたコーヒーを飲み干す。
 逡巡が彼女にあったとすれば、それはカップをテーブルに置くまでの間だけ。
「今後のことを考えると、アレックス達にも知っておいてもらった方がいいですね。
 では、要点だけをかいつまんで説明しますね」
「だいたいのことがわかればそれでいい」
 では、と口を開くシオンの目が、いつもと違っていることにアレックスは気づいていた。今日出かけると言ったときからその色はうかがえていたが、ここに来て白レンと再会してからははっきりと見て取れる。
 シオンの目は、立ち向かわねばならない何かを意識している者の、目だ。
 彼女が立ち向かう何かの一端でも知ることが出来れば、彼女の力になってやれるかも知れない。だからアレックスは知りたかった。
 アレックスの知る限りシオンは冷静で強い女だ。だが何か、アレックスには彼女が危なっかしく思えるのだ。完璧で隙がなさ過ぎて、かえって心配になるというか。
 余計なお節介だと自分でも思っているのが、放っておけないのである。
――世話になっている借りもあるしな。
「アレックス?」
 自分の思考に意識を逸らしていたアレックスに気づいたか、シオンが名を呼ぶ。
「ああ、すまん、続けてくれ」
「……はい」
 怪訝な色を僅かに見せはしたが、シオンは説明を続けた。
「タタリとは、簡単に言ってしまえば人を虐殺する現象です。ある場所に一晩だけ発生する現実化した悪夢とも言えます」
「現象? 悪夢?」
「はい。特定の、ある地域に広がった噂や伝承をベースとして顕在化し、その地の人々を虐殺します」
「何のために?」
「より強い力を得るため、らしいです。非常に特異な存在ではありますが、タタリは吸血鬼に分類されるのですよ」
 俺の知っている吸血鬼とはずいぶん違うな、と思うアレックスはかつてまみえたことのある吸血鬼の姿を思い返した。あの吸血鬼も少々変わってはいたが、伝承にあるそれにはかなり忠実だと思える。
「さっきの話によると、その吸血鬼がお前の……祖先か」
「はい。ズェピア・エルトナム・オベローン、彼がタタリの元となった男であり、私の三代前の祖先です。
 もっとも今のタタリの主の人格ではないと思われますが」
「あー……つまり、タタリは主人格が交代するってことか?」
「はい。タタリは無数の意志を消化しています。消化されたそれらが様々な要因で具現化し、その時々に合わせて主たる人格となるのです。
 かつてはズェピアが主たる人格として顕現しましたが、彼は滅んだ。完全に滅んではいないとしても、主となるのはもはや無理です」
――それに。
 彼ならあんな噂を利用しようとはしないはず、とシオンは心中密かに呟く。
 彼は狂い、死徒となり、虐殺を繰り返した。それでも彼の望み、求めるものは揺らがなかったのだ。
「……話を戻しましょう。先にも言ったように、タタリは噂や伝承をベースに顕在化します。つまり、噂や伝承が広がっていることがタタリが発生する条件の一つです。
 そして、この街には噂が広がっている。
 『地獄門が開いたとき、この世は滅ぶ』という噂が」
「他の条件も揃っているのか?」
「おおむねは」
「それで、お前はタタリを倒すのか」
「虐殺を食い止めたいと思っています」
「そうか」
 シオンの強い意志のこもった答えにアレックスは頷いた。
 聞くべきことは聞いた。
 そして、彼の成すべきことも決まったのである。
 

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