月に黒猫 朱雀の華
幕外・一 終末の噂
人は、終末を好む。
平穏な時であれ混乱の世であれ、終末は堂々と、あるいは密やかに語り継がれる。
それはノストラダムスの予言詩、聖書の暗号、マヤ文明の予言――と様々な形をとるが、示すものは皆同じ。
人に、滅びの時が来る。
しかし心底終末を、滅びを望んでいる者はいないだろう。
故にそれは確認なのかもしれない。
いつか滅びが来るとしても「今」ではない、まだ定められた滅びの時ではない、と。
だからまだ滅びない。まだ生きていられる、と人は信じられる。
今の生を確信するが為に、人は滅びを夢見続ける――
そしてまた一つ、終末の予言が囁かれはじめていた。
『地獄門が開いた時、人は滅びる』
地獄門がなんなのかなど、多くの者は知らない。知らないまま、開いたら人は滅びるのだと噂し合う。
地獄門が何か知らないから開くはずもない、だから人は滅びないという無邪気な信仰がそこにはある。
「ねえねえ、友達から聞いたんだけど、地獄門ってのが開いたら世界は滅んじゃうんだって」
「あ、私も聞いたー。結構聞くよね、この話」
「でも地獄門ってなに? いかにもって名前だけど」
「知らなーい」
「だめじゃん」
あははは、と学生らしい少女達が笑いながら通りを行く。
彼女たちにとっても、終末の噂は一時の話題、笑い話でしかない。
その様子を、白いコートをまとい、白銀の髪には白いリボンをつけた幼い少女がいまいましげに見つめていた。
少女の名は、レン。
「馬鹿じゃないの。何も気づかないっていうの? これだから人間は」
冷淡だが苛ついた口調で少女は吐き捨てる。
「この状態が続けば、自分たちが本当に危なくなるのに。のんきなものね」
「なにぶつぶつ言ってんだよ」
そう言って少女の頭を後ろからはたいたのは、少女とは対照的な黒いレザーの上下姿の青年。
青年の名はK´だ。
「いったぁ〜、叩くことないじゃないのよK´! 使い魔のくせに!」
「使い魔はお前だろうが……」
「何か言った!?」
「……なんでもねぇ」
ものすごい剣幕できっと睨み付けるレンから視線を逸らし、K´はサングラスをかけた。
「で、どこ行くんだよ。人を無理矢理連れ出して」
「言わなかったかしら?」
「寝てるところをたたき起こしてここまで有無を言わさずついてこさせる間に説明は一言もなかったな」
「そうだったかしら。そうだとしても、男が細かいことでグダグダ言うものじゃないわ」
欠片ほども悪びれた様子がないレンの頭を、もう一発K´ははたいた。
「だから何するのよ!」
「三発目の前に説明しろ。さもなくば俺は帰る」
「わ……わかったわよ」
いい加減めんどくせえ、と呟くK´の声が本気であることに気づき、レンは焦りの上に渋々とした表情を貼り付けて頷く。
「じゃあ、あそこのカフェで一休みしましょ……って、あれは」
びっ、と自分が指さしたオープンカフェに、レンは見知った顔を見つけた。
紫の髪に、紫の帽子と衣服の少女。対面して座っている金髪の大柄な青年は、どうやら彼女の連れらしい。
「シオン! ちょうどよかったわ!」
スカートを翻してレンは駆け出した。
とっさに首根っこをひっつかもうとしたK´の手は、一瞬遅い。
――ったく……
やれやれ、と息をついてK´はレンを追ったのであった。
-Powered by 小説HTMLの小人さん-