月に黒猫 朱雀の華
再びの幕間・三 繋がる糸
「それじゃあ、せいぜいがんばって。
……死なない、程度に」
ややあって黒い服のレンから離れた白い服のレンはくるりと優雅に踵を返す。
だが、ふわりと広がった白いコートとグレーのワンピースの裾が元の位置に戻るより早く。
「あ」
白い服のレンの脳裏に浮かんだのは、先程黒い服のレンの記憶の中に見た、一人の見知らぬ女の姿。
「ねえ、『オシリスの砂』って……何者?」
肩越しに振り返った白い服のレンの問いに、黒い服のレンの表情が険しくなった。といっても、よく見ないとわからない程度の変化なのであるが。
その変化を見とった白い服のレンも、眉を寄せた。黒い服のレンがそのような表情を浮かべることの意味を、彼女は誰よりもよく知っている。
すなわち『オシリスの砂』は、それだけ警戒、敵視するべき存在だということ。
「………………………………」
「そう、貴女達の敵なのね……でも、貴女達だけの敵じゃないかもしれない」
何があったのかの記憶を黒い服のレンから受け取りながら、白い服のレンは呟く。
「……?」
「貴女の記憶の中の『オシリスの砂』から、タタリの気配を感じたの。
今あの町にはタタリが展開されようとしているのだけど、その核は『オシリスの砂』かもしれない」
今回のタタリのことを黒い服のレンに受け渡し、更に白い服のレンは言った。
「………………」
考え込むように黒い服のレンは目を伏せる。
「……それにしても、なんか引っかかる女ね……なんだか、感じが……」
腕を組んでうーん、と白い服のレンも考え込む。が、すぐにまあいいわ、と腕を解いた。
「『オシリスの砂』はわたしのほうで調べるわ。
あの女がタタリをどうこうしようというなら、それがいかに愚かな行為であるかを思い知らせてあげないといけないしね」
フフフフ、と白い服のレンは笑う。顔に浮かぶのは幼い容姿には合わぬ妖艶な表情。
「結果的に貴女の手助けになりそうなのはちょっとしゃくだけど……」
び、と白い服のレンは黒い服のレンを指さす。
「わたしがこれだけやってあげるんだから、貴女も本当に頑張るのよ!
ああいう相手は既成事実さえ作っちゃえば後は転げ堕ちるだけ。貴女の腕の見せ所よ」
「…………」
白い服のレンを見る黒い服のレンの目が、呆れの色をはらんだ。はぁ、と溜息までつく。
「な、なによ! わたしは心配してあげてるのよ! 選ばれたいなら相応の努力をするのは当然じゃない!」
だいたい鈍感なのは確かだけどどう見てもK´より話がわかりそうな相手じゃないうらやまし……くなんかないけどなによちょっと臆病になってるんじゃないの貴女らしくもないとかなんとかぶつぶつと、白い服のレンは呟く。
「………………」
はいはい、と言いたげに黒い服のレンは頷いた。呆れた様子ではあるが、白い服のレンを見る目は微笑ましい者を見るようでもある。
つまるところ、白い服のレンが自分を気遣っているのは本当だと、黒い服のレンもわかっているのである。
「いいこと、貴女がむざむざと消えるなんてわたしは許さないんだからね! 覚えておきなさい!」
赤い顔で、どう聞いても恥ずかしいのを誤魔化しているとしか思えない言葉を叩きつけて白い服のレンは消えた。
「……」
一人残された黒い服のレンは、自分の両手を見る。
白い小さい手には、もうわずかも血はついていない。
その手をきゅっと握りしめてレンは胸元に当てた。
目を閉じたその姿は、祈りを捧げるかのよう。
「……慎之介……」
ぽつりと、その名がレンの唇からこぼれ落ちる。
そして真夏の雪原が声を吸い込んでしまうのと同じくして、レンの姿も消えた。
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