月に黒猫 朱雀の華
再びの幕間・二 鏡合わせのレン
空の青は、濃い。強くまぶしい太陽をはらんだ空は、間違いなく夏のもの。
だが太陽の輝きが照らし出すのは、一面の雪原。
果ての見えない白い雪原には、二人の少女。
鏡に映し出したかのようにそっくりな、しかしあまりにも対照的な少女。
一人は青銀の髪、黒い服。
一人は白銀の髪、白い服。
どちらも名前は、レン。
黒い服のレンは、怒っているようだった。大きく表情には表してはいないものの、その目はひたと白い服のレンを睨み据えている。
「な、なによ。なんで怒ってるのよ!」
黒い服のレンの眼差しにひるみを見せつつも、白い服のレンは強い言葉を返す。黒い服のレンは言葉を発しないが、白い服のレンには言わんとすることがわかる。
少女達は二人であって一人。一人であって二人。互いに鏡像であり、互いを内包する者であり、独立した一個の存在。
どちらも「レン」なのだ。
「あなたが黙ってるから代わりにあの男に思い出させて上げただけじゃない!」
「…………」
きゅ、と黒い服のレンが口を引き結ぶ。更に怒ったようである。
「何よ、あの男に思い出して欲しくないの!?」
黒い服のレンがすっと視線を落とす。その様に「ほら」と白い服のレンは少し勝ち誇った顔を見せた。
「思い出して欲しいんじゃない。わたしに隠せるわけないんだから」
「……!」
「な、なによ……」
ばっと顔を上げて先程より強く睨む黒い服のレンに、白い服のレンは思わず一歩後ずさった。
が、すぐに気を取り直して逆に詰め寄る。
「……自力で思い出して欲しいですって? 何言ってるの、そんなの待ってる時間はもう無いのよ! わかってるの!?」
詰め寄られても黒いレンは怯む様子も見せずに白いレンを睨み付けている。
「貴女にはもう時間はほとんど無いの、このままだと死ぬだけよ!」
強く言ってすぐ、我に返ったように白い服のレンはそっぽを向いた。
「べ、別にわたしはそれでも良いんだけどね。貴女が死ぬ前にわたしは貴女を取り込むだけ。それでわたしは唯一無二のレンになれるんだから、貴女のことなんて心配なんか……」
「…………」
白い服のレンがそっぽを向いたままぶつぶつとそう言う内に、黒い服のレンの険しい表情が和らいでいた。仕方ない、とでも言うかのように小さな笑みさえ浮かべている。
「なに笑ってるのよ! あの男の血を舐めることさえ拒んじゃって! あれは朱雀の守護神よ? 血の一滴でも上質な魔力の……」
す、と黒い服のレンが白い服のレンの唇に右手の人差し指を当てた。
そのまま、ゆっくりと首を振る。
どうして、と唇を動かしかけた白い服のレンを更に制するように、黒い服のレンは左手を真横に伸ばす。
上に向けたその掌の上にふうっと浮かび上がる、一人の青年の姿。それを目にした途端、白い服のレンの顔が真っ赤に染まった。
「な、ななな」
「……?」
面白そうに白い服のレンを見ながら、とぼけた様子で黒い服のレンは首を傾げる。
「なんで、K´を……っ、あ、あいつは、関係ないでしょ!」
黒い服のレンの手を払い、白い服のレンが叫んだ。わたわたと手を振って、黒い服のレンの掌に浮かぶ青年、K´の姿を文字通りかき消す。
「…………」
ふるふる、と黒い服のレンは首を振った。
「選んだのは貴女と、彼と」
黒い服のレンの声はやはりというべきか白い服のレンと全く同じ、しかし波のない湖面のように静かなもの。
あ、と声を洩らした白い服のレンの動きが止まり、力なく腕を下ろす。
「……あなたも、望むのね……? そうよね……ごめんなさい、忘れていたわ……」
しょんぼりとうなだれながらも、白いレンは「でも」と呟く。
「バカね、貴女……あんな鈍い男に、それを求めるなんて」
「…………」
むっとしたような、我が意を得たと言いたげなような、困ったような――
そんな表情を、黒い服のレンは浮かべた。
「バカね」
もう一度呟き、こつん、と白い服のレンは黒い服のレンの額に自分のそれを押し当て、両の手を握り合わせる。
「望むなら、最後まで諦めちゃダメよ」
触れあった額が、握り合った手が、淡い光を宿す。やわらかな黄金色の光は白い服のレンから生まれ、黒い服のレンの中へと消えていく。
「ほんの少しだけど、力を分けてあげる。貴女にもう少し時をあげる」
集中するように目を閉じ、ことさらに素っ気なく白い服のレンは呟く。
だから、彼女は気づかなかった。あるいは気づかないふりをした。
「…………」
黒い服のレンの唇が、「ありがとう」と動いたことに。
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