月に黒猫 朱雀の華
再びの幕間・八 決意
鳴り響く警報の中に時折爆発音が混じる。怒号と悲鳴が入り乱れ、狩る者と狩られる者の足音が交錯する。
NEOGEO BATTLE COLISEUMを主催した「WAREZ(ウェアーズ)」の拠点ビルに連邦政府の強制捜査が入ったのだ。抵抗するWAREZ職員をエージェント達が打ち倒し、身柄を拘束し、データを確保していく。
その喧騒を遠くに聞きながら、守矢は手に入れたレポートを手にビルを去った。
師の仇である嘉神慎之介は守矢の義弟、楓によって討たれた。だが自分は何もできなかったという悔いと自責の念を抱く守矢は、自分の為すべきことを求めてあてどない旅を続けていた。
その旅の中でいつしか守矢は全ての元凶である地獄門のことを知らねばと思うようになり、WAREZを目指したのである。
様々な技術や超常の力、存在を求め、調べ上げてきたWAREZならば地獄門のことも詳しく知っているだろうと踏んでNEOGEO BATTLE COLISEUMに参戦した守矢であったが、その読みは当たっていた。
守矢が期待した以上の内容が、入手したレポートには記されていた――
『「地獄門」と呼ばれる次元間ゲートおよびそれに関わる者についてのレポート』
(前略)
・地獄門とは
「現世」と呼ばれるこの世界と、「常世」と呼ばれる異世界(一説には死者の世界と言われる)を繋ぐ次元間ゲートである。
通常は閉じており、四神の名を冠した四人の守護者および黄龍と呼ばれるもう一人の守護者によって護られている。
(中略)
・開いた地獄門を閉ざす方法について
開かれた地獄門を閉ざす方法は、現在の所ただ一つしか確認されていない。
その方法は地獄門を現世より守護している四神、常世より守護する黄龍および封印の巫女と呼ばれる存在らによって行われる『封印の儀』という儀式である。
過去に数度その儀式が行われた記録があるが詳細は伝わっておらず、さらなる調査が必要である。
なお、封印の儀が行われない限り地獄門が閉じることはなく、常世と繋がったままになる。
(中略)
・黄龍について
常世の側、すなわち現世と呼ばれるこの世界とは異なる世界の側から地獄門の封印を護るとされる存在。五人目の守護神である。
四神の一人、青龍が死後、その役目に就くという。つまり常世は信じられている通り、死んだ者の行く世界ということであろうか。調査する限りでは、現在の黄龍は慨世という人物である。
(中略)
・封印の巫女について
詳細は不明であるが封印の儀に欠かせない存在らしい。記録で確認される範囲では巫女の名の通り全て女性であるが、身体的特徴他の共通点は不明。
ただし、いずれの巫女も涙滴型の水晶に似た石をつけたペンダントを所持していた模様。それが巫女の証として彼女らがはじめから持っているものなのか、儀式に必要な道具として巫女に与えられるものなのかは不明。
封印の儀を行うと、封印の巫女の存在は失われるようである。一種の人柱なのであろう。ここから、封印の儀は巫女の生命エネルギーを利用するものであるとも考えられる。
封印の巫女がいつどのように現れ、封印の儀に関わるのかは不明。地獄門が開いている以上、現在存在していることは間違いないと思われる。
調査および計測から、封印の巫女である可能性が最も高い人物は現在黄龍となっている慨世の養女である雪。封印の巫女が所持するペンダントらしきものを所持していることを確認。
また、封印の巫女を人工的に作り出す秘密結社の存在も確認している。
(後略)
――…………
伏せていた目を、守矢はあげた。
目前には、師の墓。誰の名前も刻まれていない墓には、花と線香が供えられている。
師であり養父であった人、守矢の「家族」を作り、その要であった人、今は黄龍となって世界を護る慨世の墓。
その前で、守矢は義弟と義妹とに再会した。
養父の跡を継ぎ、青龍となった義弟、楓。
封印の巫女の宿命を負った義妹、雪。
守矢には一目でわかった。
楓が何も知らぬことを。
雪が己の宿命を受け入れていることを。
雪もまた、守矢が知っていることに気づいたようだった。
――雪は昔から勘がよかった。
師の墓を見据え、守矢は思う。他者が秘めた思いに対して雪は誰よりも早く気づく少女だった。慨世を殺害したのは守矢だと雪も楓も一度は誤解したが、いち早くそうではないと気づいたのも雪だった。詳しくは聞いていないが、確たる証拠があってそう思ったのではなかったようだ。ただ違うと、師を殺したのは守矢ではないと感じ取り、その後嘉神の存在を知ったのだという。
――本当に、勘のよい。
守矢が知っていることに気づいた雪は言った。話すことがあると。そして語った。自らが封印の巫女であることを。
優しい、ただ優しい、それ故に悲しい笑みと共に。
――雪……
強く拳を守矢は握りしめる。
幼い頃から雪は優しく、芯の強い少女だった。辛い思いをしても凛と真っ直ぐ前を見られる少女だった。自分が悲しい顔をすることで家族も悲しませまいと微笑みを見せる少女だった。
今も、それは変わっていない。
楓は雪の言葉に強いショックを受けていたようだった。何も知らなかったのだから無理もないだろう。ましてや楓は封印の儀を執行する、すなわち封印の巫女を地獄門の生贄に捧げる四神である。動揺しない方がおかしい。
――……私は。
しかし今、ふしぎなほど守矢の心は静かだった。師の墓前に向かうまでに揺れ、乱れていたのが嘘のように。
憑き物が落ちたかのように、といってもいいほどに守矢の心はただ一つの決意に収束されていた。
雪の微笑みが己の心を決めさせたのだと守矢は感じた。あの時、師を失ったあの日、幼かった弟妹の表情に決意を固めたのと同じように。
――雪の心に私は報いなければならない。
雪が運命を受け入れたのなら、己はそれに応えねばならないと守矢は思う。あの日から続く己の過ちの罪償い、等というわけではない。
ただ雪が心安らかに己の運命を全うできるようにしてやれればと願う、それだけだった。
――師よ、あなたであってもそう思われるのでしょう?
師の墓に、守矢は心中で語りかけ、背を向けた。
師の答えは返らない。返るはずもない。
死者は何も答えない。
答えを求めた問いではない。問い自体が一つの答え。
心を決めた剣士は一人、何処かへと歩み去った。
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