月に黒猫 朱雀の華

幕間・一 モリガン・アーンスランド

「……さすがに今はちょっかい出してこないみたいね」
 自室の長椅子にしどけなく寝そべり、モリガンは呟いた。
「ジェダのこと?」
 コウモリ達が集まって作った浮かぶベッドに寝そべった少女が小首を傾げる。
「そうよ、リリス。
 嘉神が記憶を取り戻し、ジェダを敵と意識したのだから当然だけどね……」
「ねえモリガン、ジェダはやっぱり前と同じ事をしようとしてるのかな?」
「そうみたいね。進歩のない男だわ」
「どうしてジェダはあんなことしようとするのかな……
 あたしがモリガンのところに帰りたいって思ってたみたいに、ジェダにも帰りたいところがあるのかな……」
「違うわ、リリス」
 モリガンはリリスに手を伸ばす。心得たコウモリ達はベッドの高さをすっと下げた。
「ジェダみたいな男はね、自分に自信がないの。
 だから他者を自分の思う通りにしたがるのよ……」
 リリスのあごをつうっと撫でてモリガンは笑んだ。
「嘉神も、昔はそうだったみたいね」
「あの人が? ふうん……
 ね、モリガン、どうして嘉神に手を出しちゃ駄目なの?」
 気持ちよさそうにモリガンに撫でられながら、リリスは問う。
「きっとあの人の精気は美味しいよ?」
「でしょうね。性格に多少の難はあるけれど……朱雀の守護神の精気、味わってみたいわね……」
「でしょでしょ!」
「でもねえ、レンと約束しちゃったからね」
「うぅ〜」
 不満そうにリリスは頬を膨らませた。
「そんな顔しないの。今日は外出を許してあげるから」
「本当!?」
「ええ、いってらっしゃい。
 でも気をつけるのよ? ジェダは今のあなたには手を出せないはずだけれど、ダークハンターなんてのもうろついてるからね」
「うん!」
 元気よく返事すると、リリスはふわりとベッドから舞い上がった。すぐさまベッドのコウモリ達はリリスの体を覆い、その服に、翼にと変わる。
「いってきまーす!」
 窓を開くと、元気よくリリスは飛び出していった。
「フフ……あの子はいつも元気ね……
 私も出かけようかしら?」
 長椅子から立ち上がったモリガンの体も、コウモリ達が覆っていく。
「ねえ、デミトリ?
 今日は良い月夜だわ」
「おや、気づかれたか」
 リリスが開いたままの窓の向こう、広いバルコニーにデミトリ・マキシモフの姿があった。
「無粋な来訪は、今宵の月に免じて許してあげるわ。
 何の用? 懲りずに倒されに来たの?」
 後ろ髪を軽くかき上げ、モリガンは一見無防備にデミトリに歩み寄る。
「まるでいつも私が君に負けているかのような物言いだな。
 まあよかろう。今宵はジェダ=ドーマの復活をアーンスランドの当主がどう思っているか聞きに来ただけだ」
「そんなこと? あなたも暇ねえ」
「あの男が目的を果たすことは、君の望むところではあるまい?」
「そうねえ……
 でも、それはあなたも同じでしょう?」
「答えるまでもない」
「で、あなたはどうする気?」
「わかっているだろう?」
「じゃあ、私の答えもわかっているでしょう?」
「あの朱雀を利用する気か?」
「そういうのって、苦手なのよね」
 バルコニーの手すりにモリガンは腰掛けた。
「でも……彼は面白いわ。
 ねえデミトリ? あなた、二つの記憶を持っている人って、見たことある?」
「どういうことかね」
「このMUGEN界に生きる者は二種類に分けられるわ。
 MUGEN界に来る前とそれ以降の記憶を持つ者。
 MUGEN界にはじめから存在していたという記憶を持つ者。
 でもね、嘉神慎之介はそうじゃないのよ」
「ほう」
「彼はMUGEN界の者としての記憶と、MUGEN界ではない世界の者としての記憶、二つを持っているみたいなの」
「二つの人生の記憶を持っているということかね?」
「そういう言い方がわかりやすいかしらね。
 私がモリガンとリリスの二つの人格を持っているのに近いかも知れない」
「しかしよくそんなことを知っているものだね?
 嘉神が君に話したか?」
「そんなことないって知っているくせに。
 朱雀の守護神、嘉神慎之介が固い男だって事は知っているでしょう?」
「フ……ならば夢でも覗いたかね?」
「それぐらいは、許してもらえるでしょうからね……」
 そんなことはなかろうとデミトリは思ったが、敢えて口にはしなかった。
「彼の夢はなかなか刺激的よ? 破滅の風が吹き荒れていたわ。
 つい、この間まではね……これからはどうなるのかは予測もつかないわ」
「君にとってはその方が良かろう? モリガン・アーンスランド」
「ええ、もちろん。
 とっても楽しみよ、デミトリ・マキシモフ」
 同時に二人は月の輝く空へと飛んだ。
「こんな素敵な月の夜に、話だけだなんてつまらないと思わない?」
「同感だ。
 ジェダの前にまず君を屈服させておくのも悪くはない!」
「アハハハハ! できないことは言うものではないわ!
 ソウルフィスト!」
「どうかな?
 カオスフレア!」
 二人の手から同時に光と炎が放たれた――
 

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