月に黒猫 朱雀の華

十の十三 白黒氷炎

 龍の形を取った青い稲妻が地から駆け上がった。青の龍の牙が赤い手を容赦なく引き裂く。
 漆黒の雷が天より降り注いだ。龍の牙から逃れた赤い手を貫き、打ち砕く。
 青と黒の電光の中を銀の獣が奔る。固有の意志などあるはずのない赤い手が逃げ惑うように震え、揺らめき、動きを止める中を銀の獣は駆け、その爪で赤い飛沫を散らしていく。
 
 赤い風が、疾った。
「行くぞ」
 銀が閃く。
 最初の一太刀で、契約書が両断された。
「むっ!?」
「月夜にあがけ……!」
 ジェダ=ドーマの身を、神速の剣閃が切り刻む。

「嘉神!」
「……無事なようだな」
 赤い手を喰らい尽くして青と黒の稲妻が消え去った後、嘉神の側には青龍の守護神たる楓と、常世の申し子であった刹那とその相棒である天楼久那妓の姿があった。
「貴様ら……」
 いくらかの驚きを持って嘉神は三人を、ジェダを切り刻んだ赤の剣士――御名方守矢を見る。楓は封印の儀を乗っ取られた影響で、刹那と久那妓、そして御名方守矢はジェダの手に囚われていたため、動けないはずだ。
「嘉神が戦ってるのに、いつまでも見てられないよ。僕らは共に世界を護る四神なんだから」
 力強く言った楓の周囲をほんの一瞬、澄んだ風が渦巻いた。藍の髪が一瞬金色を帯び、同じく藍色の眼に緋色が走る。
「奴は俺達皆の敵だ。体が動くならば戦うまでのこと」
「彼女が私達を解放したのだ」
 刹那の言葉を補って久那妓が示したのは封印の儀の陣が布かれていた場所だ。先程までそこには解放された四神達と囚われたままの封印の巫女達がいたはずだが、今いるのはただ二人。
 一人は、黄龍。
 もう一人は紫をまとった少女。ジェダに向けて銃を撃ったあの少女だ。
「貴方の行いは阻まねばなりません。
 その為に最適なことは戦力の増加。当然のことです」
 淡々と、少女は告げた。


「レンちゃん!」
 倒れたレンに、雪は扇奈と共に駆け寄った。あの紫の髪と服の少女――シオンと名乗った――に赤い手の拘束から解放された雪は、嘉神やジェダは楓や守矢に任せたのだ。嘉神もジェダも気にはなるが倒れたまま立ち上がらない小さな少女を放っておくことが雪には出来なかった。それならば自分もと、扇奈もこちらに来てくれたのだった。
「よかった、息はあります」
 雪が抱き起こしたレンの顔を覗き込み、ほっと扇奈が安堵の息を洩らす。
「…………」
 浅い息を繰り返し、苦しげな表情ながらも、レンの赤い目が雪と扇奈を見る。
「強い魔の気に犯されて動けないみたいですね……」
 ちょっと待っててください、と扇奈はレンの額に触れた。
「わたしの力は「聖」に属しますから、うまく浄化できると思います」
「…………」
 きゅ、とレンが雪の手を握り、すがるようにじっと見つめる。
「大丈夫、扇奈さんに任せましょう」
 レンを安心させようと優しい口調でそう言ったところで、はっと雪は気づいた。
 レンの不安の理由は自身の苦しみを理由とするものではなく、ただ一人、嘉神慎之介を想ってのことであることを。
――心配なのね……
 自分よりも、嘉神を。そう眼差しで訴えるレンの青銀の髪を、雪はそっと撫でた。
「嘉神は楓達が助けに行っているわ。大丈夫、大丈夫よ」
 後方を僅かに見やれば、青と黒の電光が、嘉神を襲う赤い手を打ち抜いていくのが見える。
「楓さん達が行ったんですから、嘉神さんは大丈夫ですよ。それに嘉神さんだって、レンさんが元気になった方が心強いに決まってます」
 にっこりと笑んで、扇奈も言う。
「…………っ」
 ふるりとレンの赤い目に浮かんだ光が揺れた。雪と扇奈の言葉に張り詰めたものが弛んだかのように、その目がほんの少し潤む。
「すぐ楽になりますからね♪」
 扇奈はレンの額に手を置いた。置いた手にやわらかであたたかな色の光が宿る。光は静かに広がり、レンを包み込んでいく――
――レンさんは夢魔であり使い魔ですから、気をつけないと……
 レンの体を犯すジェダの魔の力を浄化する一方で、魔でもあるレン自身を侵さないように細心の注意を払い、扇奈は力を行使する。
 やがて、ほう、と小さくレンが息をついた。顔から苦痛の色が消え、目の潤みももうない。
「…………」
 凛、とした表情でレンは雪の腕から下り、立つ。
 しかし雪と扇奈は心配の色を薄れさせず、戸惑った様子で顔を見合わせた。
「レンちゃん……あなた……」
「…………」
 声をかけた雪に、レンは背を向けたままふるふると首を振る。大丈夫、そう言うかのような小さな少女が、
――今にも、消えてしまいそう……
雪にはそう見えてならない。そんな様子は微塵も見せないが、レンが酷く弱っているのが雪にも扇奈にも見て取れる。
 それだけではない。弱ったその体で、レンがどうしようとしているのかまでも、二人には分かった。
「……レンさんは嘉神さんのところへ、行くんですね」
 扇奈の言葉に、こっくりとレンは頷く。

『待ちなさい』

 ひらりと雪片が一つ、レンの元へと舞い降りた。それは見る間に少女の姿――纏う色が黒ではなく白という大きな違いがありながらうり二つの姿――へと変わる。
 どこか怒っているようにも見える白い少女は問答無用とばかりにレンの両手を取った。
「貴女が行くのはわかるわ。あの男が言っていたこと、聞いていたんでしょう? あんな風に言ってもらえたら……行くしか、ないわよね。
 でも今の貴女ではもう戦えない。こうして立っているのだけで精一杯なんだから」
「…………」
 レンは手をふりほどこうとしたが、白い少女は離さない。
「勘違いしないで」
 ぐ、と握る手に力を込め、白い少女は言った。
「引き留めようっていうのじゃないの。貴女が力を使い果たして消えようが消えまいが私はいいんだけど、変に未練を残されると嫌なの」
 握った白い少女の手が、白銀の光を宿した。光は吸い込まれるようにレンの内へと消えていく。
 光が消えるにつれ、弱っていたレンが力を取り戻すのが雪や扇奈にも感じられた。と言っても、それが完全な回復ではないこともまた明らかであったのだが。
「行ってきなさい。貴女の気が済むまで」
 手を離すと、ぷい、と白い少女はそっぽを向く。
「…………」
 離れた白い少女の手を、レンはそっと握り返した。感謝の意の笑みをひっそりと浮かべて。
 そして、レンは駆け出した。ちりんちりんと鈴の音を鳴らし、嘉神の元へと。
「……止められるわけ、ないじゃない」
 ぽつりと白い少女が呟いた。
「そうね」
「そうですね」
 雪と扇奈も、頷く。
 大切に想う者の力になりたい、大切な者を守りたい。自分の命を懸けてでも。
 そんなレンの気持ちは痛いほどに雪達にも分かる。雪にも、扇奈にもそう想う者があるから。
 だから、レンを行かせた。行かせるしか、なかった。


 黒雷を操る刹那の剣が、疾駆する久那妓の爪が、新たに襲いかかる赤い手を次々に貫き、切り裂く。
 風を、蒼雷を宿す楓の剣が、炎を纏った嘉神の剣が、乱れ飛ぶ血の弾丸を弾き、打ち消す。
「キリがないな」
「やっぱりそう簡単にあいつは倒せないのか……」
 久那妓の呟きに、楓は兄を見やった。

「…………」
 構えたまま、守矢は一点を見据えている。その視線の先にあるは、蠢く血の塊。先に守矢が切り刻んだ冥王ジェダ=ドーマだったモノだ。
 それは守矢の前でむくむくと膨れあがり、血塊の人型を取ったかと思うと、哄笑と共にジェダの姿を再構成した。
 同時に守矢が動く。が、仕掛けたのではない。
 ぎぃんと鋼が鳴る音をさせ、守矢は自らを襲ったジェダの翼を受け流す。受け流した動きを止めることなく踏み込み――
「人のごときがそれだけの技、それだけの魂。素晴らしい」
称賛するジェダは伸ばした爪で守矢の一撃を受け止めていた。

――やはり尋常の手ではジェダは倒せんか……
 守矢と斬り結ぶジェダを嘉神もまた見やり、一方で襲い来る赤い手を切り払う。
 幾つかの力を奪われながらも、ジェダの力は未だ強大。御名方守矢の剣技を以てしても、やっと互角の立ち合いだ。斬っても、炎で焼き払っても、いかづちで貫いても倒しきることが出来ない。これまでにどれほどのダメージを与えられたかも定かではない。
――だがこの状況を打開するには……あと一手、足りん……
「はぁっ!」
 刹那が黒いいかづちを放ち、赤い手の群れが二つに割れる。しかしすぐに新たな手が空間を埋め尽くす。
――……このままでは進むに進めん。
 無茶もやむをえん、そう思った時、視界に何か奇妙なものが揺れたのを嘉神は見た。
――あれは、師匠の……竿?
 この戦いの場にはいささか不釣り合いにのどかな竹製の釣り竿は、何か合図するかのように揺れている。
「慎之介、五つめじゃ!」
 その言葉が何を意味しているのか、まさかという思いに邪魔をされ、不覚にも嘉神は気づくのに数瞬かかってしまった。
――気づいて、いてくれたのか……
 封印の儀を乗っ取られ、力を思うままにしようとする『嘉神』に抗い消耗していたというのに、玄武の翁は嘉神が仕掛けていたことを見て、理解していた。
 それが翁だけでなかったことを、続いて嘉神は知ることになる。
「どおりゃぁ!」
 地響きと共に駆ける者がある。白虎の姿に具現するほどに昂ぶった気をまとい駆けるその者は、直衛示源。
 白虎の力を宿し、鋼と化した腕を示源は振りかざした。
「っ!?」
 豪腕が捕らえたのは、守矢と斬り結んでいたジェダ=ドーマ。さしもの冥王も守矢と斬り結んでいてはかわしきれなかったらしい。
 ジェダを掴んだまま示源は更に駆け、地にその拳もろとも叩きつけた。
「慎之介ぇっ!」
 まさに虎の如く、示源が咆吼する。

『慎之介、事には皆で当たるのだ。一人で気負うな』
『……っ、フン。元より、私一人で為せることではない。負うに負えん』
『ほっほっ、ならば皆で背負って始めようかの。のう?』

 ほんの一刻にも満たない過去に交わした言葉を、嘉神は思い出した。
 思わず視線を巡らす。楓を、慨世を、示源を、翁を、見る。
 皆、頷いていた。迷いのない嘉神への信頼がその面に表れてさえいる。
「……青龍、任せる」
 言って嘉神はその場に片膝をつき、左手を地につけた。無防備になることの恐れなど無かった。赤い手が襲ってこようが血塊の弾が降ってこようが、青龍が、刹那と久那妓が守ってくれるという、彼らへの信頼が今の嘉神の中にはある。
「五行が相克を結びて星とせん」
 嘉神が地に突いた手から光が走った。走る光はある点から次の点――それは戦いの最中に嘉神が、そしてついさっき翁が印した五つの点――へと走り、結び、五芒星を描く。
 五芒星の中心に在るのは、示源とジェダだ。
 ジェダの強大な力、魔族の力は正面から当たっていたのでは倒すのは厳しい。ならばその力を削ぐのが勝利への道だ。それを為せる破魔の陣を布くために嘉神は五芒星の頂点となる印を戦いの最中、地に刻みつけていたのだ。
「こんなもの、いつの間に!? なぜ気づかなかった……!?」
 示源の腕の下でもがくジェダの表情が、理解の光を浮かべると共に怒りに歪む。
「……夢魔か! あの時、私の目を眩ませたか!」
「小さきものを侮るからそうなるのだ」
 呟いて示源は素早く陣の外へと飛び退る。
「おのれえっ、だが、この程度で私を捕らえたと思うな!」
 ジェダも肉体を再生しつつその後を追おうとし――
 ヒュッ、と風切り音が走り、銃声が木霊した。
「ぐうっ!?」
 青白く輝く矢、黄龍の放った矢が、紫の髪の少女の撃った弾丸がジェダを地に縫い止める。
「相克が央に在る魔を破せよ!」
 嘉神の声と共に描かれた星を構成する線が、清浄なる光を放った。

「ガアァァァァアァアァァアアァァァァッ!」

 怒りと苦痛に満ち、殺気をも宿した、冥王ジェダ=ドーマの絶叫がその力の波動と共に大気を文字通り震わせた。
 容赦なく叩きつけられる波動は嘉神の、楓達の肉体を縛り、魂を射竦めんとする。
 しかし。
「活心奥義、伏龍!」
「消えろぉ!」
 楓の放つ青い稲妻が、刹那が上段から振り下ろした刃の剣気が、波動を立ち斬った。
「嘉神! 今だ!」
「承知」
 嘉神は既に地を蹴っている。破魔の陣はジェダの動きを縛り、その力を大きく削ぐが長くは保たないはず。冥王を侮る真似など嘉神はしない。
 今この時、一気に決めねばならない。

――ちりん――

 嘉神の傍らで鈴の音が響く。
 僅かに嘉神が視線をやれば、「そこ」に、当然のように、レンがいる。
 青銀の髪をなびかせ、黒いコートを翻し、小さな少女は嘉神と並び、ジェダへ向かって駆ける。
――無事だったか……
 嘉神の胸に宿るのは、不安。
 駆けるだけの力はあるが、レンが弱ったままであることは明確に嘉神には見て取れる。倒れていた状態から回復はしたようだが、ジェダと対峙する前よりも更に弱っている。その姿が嘉神には不安でならない。
 しかし不安がありつつも、嘉神の心は満たされていた。
 嘉神の手に剣があるように、在るべきものが在るべき場所にある、いてくれる心強さ、喜び。知らず欠けていたものが埋まり、心が定まる思いに自然と嘉神の体に、魂に力はみなぎる。
 己の今の心の有り様は矛盾している、と嘉神は思う。だがその矛盾を否定せず、盲従せず、ただありのままに抱いて嘉神は駆ける。
「我が救済の邪魔など許さん!」
 ずぶり、とジェダの体が崩れた。流血の塊と化し、自らを縫い止める矢と弾丸から逃れ、立ち上がるように隆起する。と、次の瞬間には血塊はジェダ=ドーマの形を取り戻した。しかし破魔の陣の効果か、黄龍の矢や紫の髪の少女の弾丸の力の影響か、胸や左肩口に形を取りきれず流血が続く箇所が残っている。
「我は冥王、全てを救済せし者……!」
 ばっ、と両手を、翼を広げたジェダの足下に広がる血だまりから、砲弾の如くいくつもの血塊が嘉神とレンに向けて飛ぶ。
「ほおぉっ!!」
 嘉神は下段から大きく剣を振り上げた。刃の軌跡に合わせるかのように噴き上がった炎が、飛来する血塊を焼き尽くす。
 噴き上がった炎の中から軽やかに、レンが跳んだ。たん、と一度地を蹴って更に跳び、踊子のように回転するレンは既に自らの間合いにジェダを捕らえている。
 銀雪の力が、レンの回転に合わせてジェダに叩きつけられる。
「夢魔がぁっ!」
 体勢を崩し、無垢な光が触れた箇所が凍てつき砕けまた再生するのを繰り返すジェダの両の手の爪が伸びた。刃と化した爪をジェダは眼前に着地したレンへと振り下ろす。
「はっ!」
 割って入った嘉神の剣がジェダの爪を跳ね上げる。跳ね上げられた勢いを殺せず、のけぞったジェダの喉を、嘉神は左手で掴んだ。そのまま天へと掲げるように釣り上げ、
――外からだけでは焼き尽くせぬというのならば……
愛刀、瑞鳳をジェダの腹へと突き刺した。
――内に炎を叩き込む!
「ふっ!」
 左手、右手両方から朱雀の力を解き放つ。ジェダの首を掴んだ左手の炎がその体を包み込み、剣を握った右手の炎は刃を伝わってジェダを内から焼き――爆発する。
「がはぁっ!」
 爆発の勢いでジェダの体が嘉神の手から離れ、宙へと噴き飛ぶ。後を追って嘉神が跳躍する。
 ちりんっ、と鈴が鳴った。
「…………!」
 吹き飛んだジェダを、宙でレンが掴む。掴んだままくるりと身を翻し、遠心力に任せて地へとレンはジェダを投げ返した。
「これしき……っ」
 ジェダの翼が広がる。地に叩きつけられまいと飛翔しようとしたジェダの上にしかし、影が落ちた。
 風をはらみ、ジェダを狙って舞い降りる嘉神の白いコートが翼の如く大きく翻る。
「鳳凰……」
 嘉神の身が澄んだ赤い炎、朱雀の炎に包まれた。
「おのれ、おのれぇぇぇっ!」
 逃れようとジェダは翼を動かすが、結界の影響やこれまで受けたダメージの蓄積があったか、その動きはあまりにも緩慢だった。
 嘉神の炎が、ジェダを捕らえる。
「天翔!!」
 鋭い声と共に、嘉神を包む紅蓮の炎が一際大きく燃え上がって朱の大鳥の姿となった。大鳥はジェダを呑み込み、天高く飛翔する。大鳥からこぼれ落ちる火の粉が地へと降り、地に広がる血だまりを焼き払っていく――
 その間に地に降り立ったレンは、天へと向けて大きく腕を広げた。そこから指の先で円弧を描くように手を下ろしていく。
 飛翔する朱の大鳥が、ジェダを解放する。
 レンの手が下りきり、小さな少女を中心として巨大な氷の刃の華が開く。
「…………ッ!」
 声すら上げることを許さず、氷刃は炎に包まれて落下してきたジェダを貫いた。貫くと同時に淡雪が日差しに溶けるように刃は薄れ、消え失せる。氷刃から解放されたジェダは、なすすべなく地に落ちた。
「が、あ、ぁ――れ、なぜ、邪魔を……する、醜き、弱き、者ども――救済――必要――私が……与えなければ――」
 焼かれ、斬られ、貫かれた傷口を再生しきれず、止めどなく流血しながらも、よろりと冥王は立ち上がった。一歩、一歩、レンへと歩み寄る。
「…………っ」
 表情を強張らせてレンは一歩下がるが、ジェダに威圧されたかいよいよ限界が来ているのか、それ以上動けない。
「――邪魔――ゆるさ、ぬ……っ!」
 血を滴らせる手を――もはや爪の形すら為せない――振り上げ、更にレンに迫るジェダの動きが、唐突に止まった。
 ヒュッ、と鋭い風切り音がしたのは、その直後。
「簡単なことだ」
 嘉神は、言った。レンの後ろに立ち、剣を横一文字に振り抜いた姿勢のままで。
 ぐらり、とジェダの体勢が崩れた。
 まず最初に落ちたのは、首。続いて切断面からあふれた血が、糸の切れた操り人形のように力ない胴が、後を追う。
 破魔の陣の光が消えたのは、その瞬間だった。
「貴様の救済では守りたいものが守れん。ただそれだけだ」
 振り抜いた腕を下ろし、嘉神は一歩レンの前へと出る。
 そっとレンは嘉神のコートを掴んだ。
「――――ッ」
 ジェダの口が、動いた。憎悪に顔を歪め、何か吐き捨てようとしたようだが、それは音にはならなかった。
 見る間にジェダの頭も体も形を失い、赤き血へと溶解していく。
 無言で嘉神は炎を放った。
 朱雀の炎は溶けて流れる血にあっという間に燃え移り、冥王ジェダ=ドーマを焼き尽くす――
 

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