月に黒猫 朱雀の華
八の八 ざわめきの赤
傷の手当を終え――結局レンの中にあるはずの答えは、今の嘉神では見いだせず――着替えた嘉神は、レンが先程から同じ姿勢で動かないでいるのに気づいた。
レンは自分の手を見ている。
手当している間に嘉神の血がついたのだろう、その指の先がほんの少し赤く染まっている。
手を、否、既に乾いた赤い血を見つめているレンの夕日色の目は、いつもより赤が濃いように嘉神には思えた。
熱が篭もっている、そしてどこか心ここにあらずと嘉神には感じられる赤だった。
「……レン?」
「…………」
嘉神が声をかけてもぼうっとレンは手を見つめたまま――いや、ゆっくりと手を自分の口元に近づけ――
「レン?」
嘉神がもう一度声をかけたのは、その瞬間。
びくっとレンは身を震わせる。一瞬、黒い猫耳をレンの頭に見たように嘉神は思った。
「どうした?」
「……!」
ふるふるっ、と勢いよく首を振るとレンは慌てた様子で立ち上がり、まるで逃げるように部屋を出て行ってしまった。
「どうしたのかしら。なんだか様子がおかしかったけれど……」
雪もレンの様子に違和感を感じたのだろう。戸惑った様子で呟く。
「……少し疲れたのかもしれん」
御名方守矢とのことで気苦労を掛けてしまったことであるし、と思いつつも先程のレンの赤い目が嘉神の脳裏から離れない。
熱を帯びたレンの目が見つめていたのは、彼女の白い小さな手についた、嘉神の血。
――あの時、レンは何をしようとしていた?
口元に手を近づけ、そして、
――何を……
「嘉神?」
小さく首を振った嘉神に、雪が怪訝な声を上げる。
「何でもない……!」
何気ない態度で嘉神は答えたつもりだった。だが、己の声が思っていた以上に荒げられていたことに、目を丸くした雪以上に嘉神は己で戸惑う。
「何でもない」
早口にもう一度繰り返し、嘉神は首の包帯に触れた。
何か、落ち着かないでいる。そんな気分は今日はずいぶんと味わったが、今のこれは明らかに違う。
――……いたたまれない……罪悪感? 羞恥、というのとも違う……なんなのだ、この感情、ざわつきは。
自分の中にわき上がる感情、感覚に苛々と嘉神は肌と包帯の間に指を差し込み、包帯を緩めた。
首の傷が鈍く、痛んだ。
八・終
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