月に黒猫 朱雀の華
七の六 囲炉裏の前で
音を立てて囲炉裏にくべられた薪がはぜる。
外では夕焼けの赤い光も既に消え、夜の帳が一枚、また一枚と下りて闇の濃さを増していく。
「こういう状態を、呉越同舟と言うのか」
囲炉裏の前であぐらをかいて座った刹那がぽつりと呟く。
「……刹那、朱雀や巫女と私達は敵対はしていないからそれは違う」
刹那の隣に腰を下ろした久那妓が丁寧に訂正した。
「そうなのか」
「そうだ」
素直に頷く刹那に、この二人は姉弟のようだなと嘉神は思う。見かけは刹那の方が久那妓より年上に見えるのだが。
その嘉神もまた、囲炉裏の前に腰を下ろしていた。レンは当然のような顔で嘉神の足の間に座っている。
「巫女は何をしている」
「……さて」
土間の方を見やって嘉神は呟いた。
嘉神達が囲炉裏の前でこうしている原因である封印の巫女――雪は土間でなにやらしているようだ。
「音からして、食事の準備か……」
「食事」
「助けられた礼、と言ったところか」
繰り返す刹那に嘉神は付け足す。
――それだけではないかもしれんが……
あの後、嘉神達に言葉を掛けた雪の表情。
「少し休んでいけばどうかしら」
感謝と善意の言葉の下に、幽かな陰を嘉神は見た。
かつて家族と過ごした家に一人いる寂しさか、封印の巫女であることの重圧か、己の命の限りを知るが故恐れか――理由は、わからない。
もっともそれは、雪自身も意識して垣間見せたものではあるまい。いくらお人好しであれ、仇や敵対していたかもしれない者にやすやすと寄りかかるほど弱い女ではない。
ただ、隠しきれないほどに雪の心に落ちる陰は薄くはなかっただけだ。
その陰が、嘉神に雪の言葉を承諾させた。
己の行動に基づく感情は憐憫あるいは同情だろう、そんな感情で言葉を受け入れた自分は慨世や示源達に感化されたのだろうと密やかに嘉神は苦笑する。
「…………」
「なんだ」
嘉神の苦笑の気配に気づいたか、レンが嘉神を見上げる。赤い夕日色の目が何か言いたげに見えたが、問いかけても返事はやはりない。
代わりのように、さすさすとレンは嘉神の膝を撫でた。まるで子供の頭を撫でるような手つきに嘉神は怪訝に首を捻る。
怪訝な顔をしているのは、もう一人。
「朱雀。その猫はなんだ」
そのもう一人、刹那はじいっとレンを見つめて問うた。
刹那にはレンの本質というようなものが見えるのだろう、と思いつつ、嘉神は改めてレンへ視線を落とす。
「……なんであろうな」
しみじみと呟く。レンは夢魔であり、使い魔。それはわかっているのだが刹那の問いの答えはそうではない気がする。
「お前の連れだろう」
「そうだ」
「それで、なんであろうはないだろう」
「そうだな……」
二人の話など我関せず、といった風で嘉神の膝に手を置いているレンを見つめて嘉神は言う。
「名は、レンという」
「レンか。
俺は刹那だ。こっちは久那妓」
名乗った刹那に、こくりとレンは頷いた。
「そういえば、朱雀の名はなんという?」
穏やかな眼差しで様子を見ていた久那妓が問うた。年の頃は十三、四といったところだが口調や表情の雰囲気はもう少し上のように感じられる。
――もっとも、人獣に人の年は当てはまらないだろうがな。
「言ってなかったか。
嘉神慎之介だ」
「嘉神か。嘉神はあの女を知っているか」
すっと表情を険しくして久那妓は問う。レンを眺めていた刹那も嘉神に視線を移す。
「いや。お前達も知らぬか」
「常世の者ではないことはわかる。あれは現世の者だ」
刹那の言葉に嘉神はそうか、と頷いた。
「常世の者でなくとも巫女を狙うのだな」
「それだけの力が巫女や地獄門にはあるということだ」
「……そうか」
頷いた刹那は、何か考え込むように囲炉裏の火を見つめた。
「お待たせしたわね。簡単なものだけど」
そこへ雪が、いいにおいとあたたかな湯気を上げる鍋を持ってやってきた。作ってきたのは雑炊のようである。
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