月に黒猫 朱雀の華

七の三 この娘が

 それは嘉神が朱雀の守護神であるが故、そしておそらくは常世に深く触れた者であるが故の確信。

――封印の巫女か。この、娘が。

 楓や扇奈の顔が、嘉神の脳裏をよぎる。
 雪の弟である楓。封印の巫女の複製という扇奈。
 しかし扇奈と雪の持つ力は似て異なっていた。神聖さは扇奈の方が上だ。雪から感じるのは純粋で強い“力”そのもの。
――……そうだ、地獄門を封じるのは聖ではない……ただの“力”だ……
 嘉神が地獄門を開いた時に必要としたのも、聖も邪もない、ただの力だった。
 扇奈の神聖さは複製を作り出したという組織が、地獄門、常世の禍々しい力に対抗しようとした結果なのだろう。それはそれで間違いではないのだが。
「嘉神? どうしたの?」
 黙り込んだ嘉神に、怪訝な顔で雪は問う。
「……貴様は」
 封印の巫女だな、そう言いかけて嘉神は言葉に迷った。
 雪本人は封印の巫女のことを、その運命を知っているのか。知らぬならばむしろ教えるのが嘉神の役目。だが今、確かに嘉神は躊躇っていた。
 死と同義の役目を、意識させる。しかもその儀式に関わる者の口から。
 それがどれだけ酷なことかわからぬ嘉神ではない。
 しかし同時に雪にとって避けられぬ道であることも明白だ。
――……まだ、……いや、どうせ知らねばならぬのだから……

「あなたには、やはりわかるのね」

 意を決して再び嘉神が口を開こうとするより前に、雪が、言った。
「……己が封印の巫女であること、わかっていたのか」
「ええ」
 言う雪の表情は穏やかそのものだった。当たり前のことを当たり前のように話している、そんな風だった。
 それは嘉神が自らが朱雀であることになんの疑問も持っていないのと同じことなのかもしれない。
「老師にも楓にも気づかれなかったのにあなたが気づいたのは、地獄門に深く触れた人だからかしら」
「そう、やもしれん。
 封印の巫女のことは玄武の翁からか」
「そうよ。
 その時から薄々と感じるものはあったけれども、自覚したのは最近……半月ほど前かしら」
 首にかけたペンダントのヘッド――涙滴型の透明な石――に触れながら雪は言う。
――半月……
 その期間に嘉神は妙に引っかかるものを感じたが、霞を掴むかのようにそれが何かはっきりしない。
「…………」
 くいくいと、レンが嘉神の袖を引いた。
「レン?」
 嘉神が問うも、レンはいつものようにじっと嘉神を見上げるだけだ。
 だがその夕焼け色の目を見ている内に嘉神は気づいた。
 半月前、それは嘉神がアーンスランド邸で目を冷ました頃と同じだ。
――私が目を覚まし、四神が再び完全に揃った……巫女の覚醒がそれに重なっても不思議はない、か……
「どうしたの?」
「いや……」
 嘉神が視線を雪に戻しかけた、その時。
「…………!」
 レンがはっと目を見開き、嘉神の腕を強く引く。
「レン……なんだ……っ!?」
 遅れて、嘉神も雪も気づいた。
 異質な『何か』が『いる』ことに。
 空気が変質する。何かが、捻れる。

 認識補足。
 存在確定。
 運命収束。

 冷たく硬質な『声』と共にその女は、そこに『いた』。
 

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