月に黒猫 朱雀の華
六の一 直衛都古
『娘を育てる? お前がか?』
『うむ……』
怪訝な顔をした嘉神に、直衛示源は照れくさそうに頬をかいた。
『山猿のような女童だがな。そのような子の方がわしには似合いだろう』
慨世殿のように侍の子は育てきらぬ、と真面目な顔で続ける。
『しかしまたどうして、そのようなことになった』
『拾うた』
示源の答えに、嘉神の眉間のしわが深くなる。
『……犬猫の仔ではないのだぞ』
『犬猫の仔ではないからこそ、育てることにしたのだ。
わしが拾うたのも何かの縁だろう』
そう言った示源は穏やかな笑みを浮かべていた。
『それにな、慎之介。
誰かと一緒に暮らすというのはよいものだぞ。
家に自分以外の誰かがおるというだけであたたかい』
『そんなものか』
気のない嘉神の言葉に、声をあげて示源は笑った。
『はは、お前も子を育てて……いや、誰かと共に暮らしてみるだけでもすればわかるだろうよ』
『私は一人でいい。四神の役目があるというのに他人の世話などみてはおれん』
『お前は本当に真面目だな。
確かに、封印の要を守る朱雀なればやむを得んだろうが……』
『現世の秩序を守る役にあるのだ。真面目で何が悪い』
『それはそうだが……
慎之介、お前はもっと肩の力を抜いた方がよいと思うぞ』
笑いながらの言葉ではあったが、示源の眼には嘉神を案じる色が浮かんでいた。
「……?」
「ん……、あぁ、ついたのか」
レンに袖を引っ張られてようやく、嘉神は車型式が止まっていたことに気がついた。
「……?」
「少し、昔のことを思い出していた」
首を傾げるレンにそう告げ、式から降りる。
式が止まったのは、切り立った崖の下であった。崖には内側から破壊されたような痕跡があり、周囲にはいくつもの岩の破片が転がっている。
ここはかつて、嘉神が白虎の守護神直衛示源を封印した地であった。
示源は封印から五年の後、自らの力で封印を破壊して自由の身となった。しかし五年もの間封印されていたために示源の精神は狂気に犯され、嘉神への憎悪だけで力を振るう鬼と化してしまっていた。
――示源……今はどうしている……?
鬼の復讐心と、微かに残った四神の使命感とで示源は嘉神の元へたどり着き、襲ったことがあった。それを一蹴した後、嘉神は示源がどうなったのか知らないでいる。
――死んではいないようだが……
「お前! 嘉神慎之介だな!」
鋭い誰何の声に、嘉神は振り返った。
――……む?
そこにいたのは一人の少女だった。年の頃は十二、三といったところか。赤い中国の拳法着の上着にホットパンツをはいている。
敵意にまでは至らないが、きっ、とした顔で少女は嘉神を睨み付けていた。
「誰だ?」
「直衛都古だ!」
「直衛……? まさか、示源の」
「直衛示源はアタシの親父だ!
嘉神慎之介、何しに来たんだ!? また何か企んでいるのか!?」
「何も企んではいない。ここを見に来ただけだ」
「本当……?」
疑わしそうな目で見る都古に、嘉神は頷いて見せた。
「あぁ」
「ここを見て、どうするんだ?」
「さて……どうするかは、まだわからん」
「わからん……変な奴」
「変か」
「もっと悪くて恐い奴だと思っていたのに、ちっともそうじゃない。
格好は親父が言ってた通りの奴だけど……」
首を捻る都古の言葉に嘉神は右眉をつり上げた。
「言っていた? 示源は、生きているのか?」
「生きているよ。元気。
姿は……変わっちゃったけど……」
しゅん、と都古は俯いた。しかしすぐに顔を上げると
「そうだ、嘉神慎之介! 一発殴らせろ!」
びっ、と嘉神を指さして言い切った。
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