月に黒猫 朱雀の華

四の八 今の答え

 一つの問いを向ける三つの視線に、嘉神は一度目を伏せた。
 そのまましばし、無言を保つ。
 答えを待つ三人も、嘉神を見つめたまま無言を保った。
――…………
 封印の儀を行うべきか、否か。それ以前に、己はどうしたいのか。
 この現世を救うために地獄門を閉じたいのか。それとも、見放したいのか。
――……答えを出す……時、か……
 楓達がいたのは想定外だったが、玄武の翁の元を訪れた以上、何らかの答えを出す必要はあるという覚悟はあった。
 それでも――
――今、なのか……
 自分の中にまだ躊躇が、迷いがあることを嘉神は自覚している。
 視線をあげ、嘉神は三人を見る。
 翁は長い眉毛の下で静かに嘉神を見つめ、楓は先と変わらぬ睨むような視線を向け、扇奈は強い使命感と決意に満ちた固い眼差しをしている。
 三人三様に、それぞれの意志の元に答えを持っている。そして嘉神の答えを待っている。
――…………ん?
 口を開きかけた嘉神の手に、小さなぬくもりが触れた。
――レン?
 膝の上に乗せた嘉神の手に、傍らに座っているレンがそっと手を重ねていた。
 ちょこんと座ったまま、嘉神に顔も視線さえも向けることなく、ただ手を重ねている。
 だが、その手はとても温かい。
 ふっと、肩から力が抜けた気が嘉神はした。
 もう一度嘉神は口を開く。

「今は、封印の儀を行うべきではないだろう」

「ほう」
「ジェダが何をどう企んでいるかわからぬ以上、性急に儀を進めるのは危険だ。
 それに」
 楓を見て嘉神は言葉を続ける。
「正直に言えば、現世を……というより人を守ることに私にはまだ迷いがある。
 儀を行う四神の一人がこのような様では、成功するものも成功すまい」
「……そう、でしょうね」
 一つ息を吸ってから楓は言う。
「今のあなたにはあの時のような狂気はない。かといって素直に手を組めるとも思えない」
「剣を交わして、そう思ったかの」
「……はい」
 表情には複雑な色があったが、しっかりと楓は頷いた。
「どうじゃな、扇奈殿。今ここにおる四神の意見は、行うべきではないと一つにまとまったが」
「わかりました。そうですね、私、焦っていましたね……」
 すみません、と扇奈はぺこりと頭を下げた。
「謝ることはないよ。扇奈だって真剣に現状を考えてああ言ったんだし」
「ありがとうございます、楓さん♪」
「ううん……」
 首を振った楓の頬はほんのりと赤い。
「若いのう」
 ほっほと笑う翁に、怪訝な目を嘉神は向けた。
「お主もの」
「なんのことだ」
「いやいや、お主も丸うなったと思うてのう。
 昔と比べてもの」
「?」
 更に怪訝な顔になった嘉神をよそに、翁はレンに目を向ける。
「レン殿のおかげかのう」
「レンは関係なかろう」
「そうかのう?」
「何が言いたいのだ?」
「いま言うただけのことじゃよ、慎之介や」
――なんなのだ……
 はぐらかされた気分であったが、それ以上聞いても無駄だと感じた嘉神は立ち上がった。
「今言うべき事は話した。私は……戻る」
「そうか。ならば、送っていこうかの。
 ああ、お主らは残っておるがよい。楓はまだ休んだ方が良いじゃろうからの」
 続いて立ち上がった翁は楓と扇奈にそういうと、行こうかの、と嘉神を促した。
 

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