月に黒猫 朱雀の華

四の七 問い

 翁に促され、嘉神は口を開いた。
 地獄門で魔界三大貴族の一人、ジェダ=ドーマと会ったこと。
 ジェダが地獄門の力を利用して世界を救済しようとしていること。
 つい先日まで、自分がジェダに記憶や力の一部を封じられていたこと。
 それだけを嘉神は語った。
 黄龍――慨世に救われたことは、話さなかった。
「……ジェダ、ですか。
 今、地獄門が開いているのはその者の所為……ということですね?」
「いいや。一度開いた地獄門は封印の儀以外に閉じる方法はない。
 開こうとした者が消えれば、それ以上開くのが止まるだけじゃ」
 嘉神を見やって翁は言う。
「……地獄門は今、開こうとはしていない」
 ぼそり、と楓が言った。
「きっとお師さんが守ってくれているんだ」
「…………」
 楓は嘉神を睨み付けるが、嘉神は無言だ。
「しかし、そのような状態なら急がねばなるまい。
 慨世――黄龍一人では、現状維持が精一杯。それもそう長くは保つまい。
 それにジェダ=ドーマの言う救済、慎之介の話では危険なもののようじゃしの」
「封印の儀を、急がなければならないということですね……
 でしたら、すぐにでも!」
 張り詰めた表情の扇奈に、再び翁は首を振る。
――……何故彼女が?
 どういう理由で扇奈がここにいるかも嘉神には疑問であったが、ここまで彼女が地獄門の問題に必死になる理由もわからない。
「焦ってはならぬぞ、扇奈殿」
「でも、急がなくてはならないなら……っ!」
「老師の言う通りだよ、扇奈」
 扇奈の肩に手を置いて、楓も言った。
「封印の儀には確かに封印の巫女が必要だ。
 でも、まだわからないことだってある。
 だから焦らないで欲しい」
――……そういうことか。
 楓の言葉に、嘉神はだいたいのことを察した。
「京堂扇奈が、封印の巫女か」
「……そうです。でも、違います」
「どういうことだ」
 問うた嘉神に、楓が口を開きかけるが、首を振って扇奈はそれを制する。
「私は、封印の巫女の複製――今の言葉で言うならクローンです。本物の巫女に何かがあったときのために、用意された者」
 扇奈の真っ直ぐに嘉神を見る眼差しにも、語る言葉にも、よどみはなかった。
 その全てに、嘉神はこの少女が自分自身が何者なのかを受け入れ、なんの屈託も持っていないことを知った。
「複製ですが、封印の巫女の役目は十分に果たせます」
「……故に、そうであり、そうではない者……か。だが」
 嘉神は翁に問いかけの視線を向ける。
「儂も知らなんだ。
 だが扇奈殿の話によると、ずいぶん昔から扇奈殿のような存在が作られ続けておったらしい」
「…………」
「私は、数百年昔に地獄門を閉ざした巫女のクローンだと聞いています」
「何者が貴様のような存在を作った?」
「……それは、話しても意味がありません」
 目を伏せた扇奈の声に沈んだ響きが宿った。
「たぶん、時期的にはあなたが楓さんに倒された頃だと思います。巫女の複製を創造していた組織は……壊滅させられました。誰がやったのかはわかりません……
 私は、私の役目を果たすために、一人逃がされました……」
「扇奈は四神を頼るように言われたそうです。探している中で僕と会ったんです」
 言葉を詰まらせた扇奈に変わって、楓が言葉を続ける。まだ嘉神に向ける視線は鋭いが、声は落ち着いていた。
「そうか」
 扇奈のいた組織を滅ぼしたのは、ジェダか、常世の手の者か。そう考えて嘉神はふと、あの銀の髪の青年を思い出していた。あの青年も常世の手の者だったと言っていた。あの青年が扇奈の組織を滅ぼしたかどうかはわからないが、ああいう存在は他にもいるのかも知れない。
――しかし……
 改めて嘉神は扇奈を見た。一見した限りは、普通の少女だ。だが、彼女は作られた存在なのだという。世の平穏を守るためにのみ生み出された存在。彼女を生み出すために、どれだけの術が――おそらくは外法も含むことだろう――行使され、どれだけの犠牲があったのか。
――人の愚行か。……なれど、それは……
「……嘉神さんは、どう思いますか」
 考えにふけっていた嘉神の意識を、扇奈の声が引き戻す。
「……何をだ」
「すぐに、封印の儀を行うかどうかです」
 扇奈が問うのと同時に、翁も楓も、同じ問いかけの意志を込めた目を嘉神に向けた。
 

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