月に黒猫 朱雀の華

四の六 一息

 まだ気絶している楓を寝かせて扇奈に手当を任せると、嘉神達はまた囲炉裏の間に戻った。
「お主も傷の手当てをした方がよいの……
 ……む?」
 楓と変わらぬぐらい傷を負った嘉神を見上げて言った翁に、レンが手を差し出す。
「レン殿が手当をするのかの? これはすまぬのう」
 顔をほころばせる翁とは逆に、コートを脱いでいた嘉神は眉を寄せる。
「手当ぐらい自分でできる」
「そう言うでない。好意には甘えておくものじゃ」
――こんな少女にか?
 いくら夢魔だ、使い魔だといっても、レンの姿はあどけなさを残した少女のものである。手当を任せるのは嘉神には躊躇われた。
 技術的な問題よりも、精神的な問題で、である。
「まあそう言うでない。好意は素直に受けるものじゃ」
「…………」
 にこにこと好々爺然とした笑みを浮かべる翁の隣で、こくこくとレンが頷く。
「………………」
 しばしの沈黙の後、嘉神は一つため息をついた。

 シャツまで脱いで諸肌脱ぎになった嘉神の傷を、意外に慣れた手つきでレンは手当てしていく。汚れを拭い、薬を塗って包帯を巻く。
「っ……」
「……?」
 肩を震わせた嘉神にレンが手を止める。いつもと変わらないようでいて、その夕日色の目には嘉神を案じる色が浮かんでいた。
「いや、大丈夫だ。少し薬がしみただけだ」
 首を振って嘉神が言うと、ほっとした顔でレンはまた手当を続ける。
「すまないな」
「…………」
 ねぎらう嘉神に、レンはふるふると首を振る。当たり前のことをしているだけ、そんな色が夕日色の目に浮かんでいる。
 その眼差しが、なんだかくすぐったいような気恥ずかしいような、そんな気分に嘉神をさせる。
「……そうか」
 呟くと、嘉神はレンから視線を逸らした。


「…………」
「楓さん、もう大丈夫みたいです♪」
 手当が終わって嘉神が服を着直しているところへ、楓と扇奈が戻ってきた。嘉神と同じように体のあちこちに包帯を巻いているが、歩く足取りはしっかりしている。
「…………」
「…………」
 楓と嘉神の視線が合う。
 嘉神の碧い眼は先と変わらず感情を感じさせない。
 楓の方は複雑な思いが浮かんでいるが、先程よりは落ち着いたようだった。
 コートに袖を通した嘉神が座るのとほぼ同時に、楓と扇奈も並んで腰を下ろす。レンは嘉神の隣にちょこんと座っていた。
「さて、そろそろ本題に入るとしようかのう。
 示源もおればよかったのじゃが……まあ、今は仕方が無かろう」
 一同を見回して翁が言う。誰からも反論が出ないのを見ると、玄武の翁は天井を一度見上げ、それから嘉神に目を向けた。
「お主の話、聞かせてもらおうかの?」
 

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