月に黒猫 朱雀の華

四の三 道のり

 モリガン邸の門を出たところで嘉神は足を止めた。
――確か町の北だったから……この近く、か……
 記憶をたどり、嘉神はそこの場所を思い出す。
――存外、近くにいたのだな……
 一つ、苦笑する。
「…………?」
「いや、なんでもない。
 本当についてくるのか?」
 小首を傾げたレンに首を振って見せ、もう一度確認する。
 こくりとレンは頷いた。
――仕方ないな……
 諦めて嘉神はレンに手を握らせたまま、歩き出した。
 一つの気を探り、たどって。


 モリガンの屋敷から歩くこと小一時間。木々の茂った山中を二人は黙々と歩き続けていた。日が昇ってずいぶん立っているのに、うっすらと霧が漂い始めている。
「大丈夫か?」
 自分の手を握ったまま歩くレンに、嘉神は問うた。
「…………?」
 嘉神の問いの意味がわからなかったらしく、レンは首を傾げる。
「長く歩いているが、疲れたのではないか?」
 嘉神はもう一度、今度はわかりやすく問い直す。
 歩く速さこそ嘉神がレンに合わせているとはいえ、まともな道もない山の中を歩いているのだ。小さな少女の姿をしたレンには辛いのではないかと、嘉神は思ったのである。
「…………」
 ふるふるとレンは首を振った。
「そうか。ならばよいが……なんだ?」
 自分を見上げるレンが微笑んだ気がして、嘉神は思わずレンを凝視する。
「…………?」
「いや……」
――気のせい、か?
 見たはずのレンの表情を確かめきれず、首を捻りつつも嘉神は歩を進めた。

 それから更に一時間あまり。木々の間を縫う細い道に二人は出ていた。
 人がそれなりに行き来すると思われるその道は舗装などはされていないが、土は硬く踏みしめられており、今までより格段に歩きやすい。
「もう少しだ」
 見知った道を歩みながら嘉神はレンに声を掛ける。
 こくりとレンは頷く。しかし歩む速度は変わらないものの表情に疲労の色が見える。
――……あと30分はかかるな……
 目的地までの時間を考えた嘉神は、足を止めた。
「……?」
「じっとしていろ」
 問いかけの視線を向けるレンを、自分の左腕に座らせるように抱き上げる。
「目的の場所までもう少しかかる。ずっと歩くのは辛いだろう」
 驚いたのか目を大きく見開くレンに、歩みを再開しながら早口で嘉神は説明する。理由はわからないが、何やら微妙に気恥ずかしい。レンがあまりにも驚いているように見えるからか、それとも夕日色の目がじっと見つめているせいか――
「………………」
 そんな嘉神の首に、レンは腕を回した。そっと、しかししっかりとしがみつく。
 レンの髪は、日だまりの匂いがする、と嘉神は思った。
 

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