月に黒猫 朱雀の華

一の五 時は留まらぬ

 カーテンコールも終わると、三々五々と観客達は劇場を後にする。
 人混みは嫌だと主張するモリガンに従い、嘉神達はわざと観客席にしばらく残ってからロビーへと出た。それでも結構な数の観客の姿がある。売店でグッズを買ったり、今の舞台の感想を熱く語り合ったり、パンフレットを読んでいたりと様々である。
「初日だから特になんでしょうけど、多いわねえ」
 早く外に出ましょ、と足早に――しかし優雅に、周りの男達に自らを見せつける仕草は忘れずに――進むモリガンの後に嘉神とレンは続く。
 と。
「っ……」
「あっ……」
 よそ見をしていたらしい少女が、嘉神にぶつかった。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ。君こそ大丈夫か?」
「はい♪ ご心配、ありがとうございます♪」
 セーラー服のような服に白い着物を羽織った、変わった格好の少女はにっこりと微笑んでみせる。
――この少女……この気は……
 にこやかな笑みだが、少女の物腰に隙はない。取り立てて殺気や敵意は感じないが、ひとかどの腕の持ち主であるようだ。それだけではない。何か、神聖な力も少女からは感じられる。
「……………………」
「このミュージカル、よかったですよね♪ 私、フェリシアさんの歌に聴き惚れちゃいました♪」
「そうだな。良い舞台だった。では、失礼」
 どんな力を持っていたとしても、いちいち詮索する趣味は嘉神にはない。人懐こく話しかけてくる少女に簡単に言葉を返し、嘉神は先を行くモリガンの背を追った。心なしか、嘉神の手を引くレンの力が強い。
「はい、また会いましょうね、嘉神さん♪」
――……何?
 最後に届いた声に振り返るが、少女の姿は消え失せていた。
――……何処に消えた?
 見回しても、目に見える範囲にはいなさそうだ。気配はこの人の数ではつかめない。
――何者だ?
 見覚えのない、知らない少女だ。しかし少女は嘉神のことを知っていて、意図的に接触してきた。あれだけで済ませたということは接触したことそのものが目的だったのだろう。
「…………」
 くいくいと、レンが嘉神の手を引っ張る。
「そうだな。行こう」
 今は探しても無駄だろう。彼女に意図するものがあるならば、いずれ再会することになろう。
 もうずいぶんと遠くなったモリガンの背を、嘉神は追った。
                     一・終
 

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