月に黒猫 朱雀の華

一の三 猫とケーキ

 キャットウーマンとはその名の通りネコと人が一つになったような亜人である。「ウーマン」とつく通り女性しか存在しない。
 猫の姿を持つだけあって、高い運動能力を持った種族だ。性格は陽気で人懐こい者が多いという。

「んー、修道着も嫌いじゃないけど、やっぱりこの方が楽だね〜」
 嘉神達の前に現れたキャットウーマンはレンを下ろして一つ大きく伸びをした。脱ぎ捨てた修道着を拾うとレンと手を繋ぐ。
「レンちゃん、元気みたいだね」
「…………」
「アタシも元気だよ! 今回の舞台も順調だしね!」
「…………」
「もっちろん! 今日のはね、新作だよ? 特別だって売ってくれたんだよ」
 キャットウーマンはレンの言いたいことがわかるらしい。にこにこと天真爛漫な笑みを浮かべて話しながら、二人は屋敷の方に向かってくる。
――…………
 その足音を聞きながら、嘉神は微妙に二人から視線を逸らしていた。
 そういう姿の種族だということは理解はしているが、キャットウーマンの素の姿というのは、いささか、刺激的である。
 しかし二人は近づいてくるのだからして。
「お兄さん、誰?」
「…………」
「顔赤いよ? 熱でもあるのかな?」
 ひょい、とキャットウーマンは嘉神の顔を覗き込んだ。
「熱などないっ」
 一歩下がってほとんど叫ぶように否定する。
「私は嘉神慎之介。この屋敷の……居候だ」
「アタシはフェリシア。よろしくね、嘉神さん!」
 フェリシアと名乗ったキャットウーマンは嘉神の手をぎゅっと握って、ぶんぶんと振る。
――本当に人懐こい種族だな……
 まだ微妙に視線を逸らしたまま、嘉神はそう思った。


 フェリシアを迎え、いつもより少し早いティータイムとなった。普段ならまだ寝ているモリガンも参加している。
 執事悪魔が紅茶を用意するが、茶菓子はない。代わりにテーブルには、フェリシアが持参した箱が一つ。
「じゃじゃーん!
 パティスリー・マキシマの新作の塩バニラショートケーキだよー!」
 芝居がかった仕草でフェリシアが箱を開けると、そこには真っ白なクリームと真っ赤なイチゴで飾られたケーキがホールで鎮座ましまししていた。
「………………!!!」
 レンの目がこれまでになくきらきらと輝いている。
――ケーキが好きだと執事が言っていたが……これほどとは……
「もちろん、レンちゃん好みの甘さ控えめ!」
「……!!!!!」
 いつも通り一言もしゃべらないが、レン、大興奮状態である。
「ではお切りいたしますね」
 執事悪魔が、慣れた手つきでケーキをカットしていく。その様子から目を離さないレンの姿が、嘉神には獲物を前にうずうずしている猫のように見えた。
――あんな顔もするのだな……
 紅茶のカップに口をつけながら嘉神は思う。
「嘉神様、どうぞ」
 嘉神の前にもケーキを乗せた皿が置かれる。せっかくだからと皿とフォークを手に取る。
――……ふむ
「嘉神さん、どう?」
「あぁ、美味い」
 ケーキの味の詳しいことなど嘉神にはわからないが、甘さを控えたこのケーキは確かにうまかった。
「よかった〜」
「…………」
 にっこりと笑うフェリシアの隣で、こくこくとレンも頷いている。
「フェリシアの選ぶケーキに間違いはないわ」
 自分もケーキを口にしながらモリガンも言う。
「……珍しいな。まだ日は高いぞ」
「友人が来れば迎えるのは当然よ」
 艶然と笑んだモリガンは皿を置いて紅茶のカップを手に取る。
「友人?」
「意外そうね? フフ……自分でもそう思うわ。
 天真爛漫、純粋無垢、健気で、なんにでも一所懸命で……そんな子がサキュバスと友人なんてね?
 でも、だからこそ……よ」
 仲良く楽しそうにレンとケーキを食べているフェリシアにモリガンは視線を向ける。
「あんな子が、私を友人と思ってくれるのよ。応えないわけにはいかないでしょう?」
「モリガン、ケーキおいしい?」
「ええ、美味しいわ」
 フェリシアに向けるモリガンの表情には、姉が妹に向けるような優しさがあった。
――サキュバスにさえ、こんな表情をさせるのか。まさに天真爛漫……善性の固まりのような娘だな……
 そう思ったところで、嘉神は目を伏せた。
――人とは真逆だな……
「…………」
「嘉神さん?」
「……なんだ?」
 フェリシアの声に、何事もなかったかのように目を上げる。
「えと……、明日からアタシの新しい舞台の公演が始まるんだけど、来る?」
「舞台?」
「フェリシアはね、ミュージカルのスターなのよ」
 怪訝な顔をした嘉神にモリガンが説明する。
「目指すところはまだまだ先だけどね!
 せっかく友達になれたんだから、是非嘉神さんにも見て欲しいなって」
「友達……?」
「だって、嘉神さんはレンちゃんの友達でしょ?
 レンちゃんはアタシの友達だから、ほら、嘉神さんとアタシも友達」
 それは強引ではないかとかレンと自分は友人ではないとか思ったが、太陽のように明るい笑みを浮かべたフェリシアにはそうは言えず。
「では、お邪魔するとしよう」
「じゃあ、これ!
 レンちゃんとモリガンの分もあるよ」
 すかさず差し出したフェリシアの手には、確かにチケットが三枚。
――三枚……
 顔を動かさず、モリガンを見やる。
 サキュバスは素知らぬ顔でケーキを食べていた。
 

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