月に黒猫 朱雀の華
一の一 時は来たれり
血の雨が、降っている。
……時は来たれり……
すべてを朱に染め、すべてを朱に呑み込むまで降り止まない雨が。
朱雀の守護神よ、我に……委ねよ……
雨音の中に声が、する。
君の望みも絶望もすべて……
誰の声かはわからない。
……我が元で……となりて
だが声の誘いは堪らなく甘美に、嘉神には思えた。
さあ……来たまえ……
声のする方に引き寄せられるように足が動く。
ちりりん……
――……レン……?
「…………?」
目を開くと、夕日の色が見えた。
「…………」
かなり間近に。
「レン」
「…………」
「寝ているときに上に乗ってくるなと何度言えばわかる……」
りりりん。
眉を寄せて言うと、レンは素直に嘉神の上から下りた。ため息をついて嘉神は体を起こす。
目覚めてから数日経つが、結局のところ嘉神はモリガンの屋敷にとどまっていた。
モリガンにも言われた通り行く当てがないというのが理由の一つ。もう一つは……
「……着替えるときはせめて向こうを向いていてくれと何度言えばわかる」
寝間着から着替えながら言うが、レンはいつもの椅子にちょこんと腰掛けたまま嘉神から視線を逸らそうとしない。流石に近寄ってまでは来ないため、レンから死角になる位置を早々に見つけて嘉神は着替えるようになった。
とは言っても、幼い少女の姿をした者に着替え中に視線を向けられっぱなしというのは居心地が悪い。故に繰り返し嘉神はレンに注意しているが、一向に聞き入れない。
だがこの少女こそが、嘉神がモリガンの屋敷にとどまる最大の理由だった。
何度か出ていこうとしたのだが、そのたびにレンに見つかってしまう。
そしてレンに無言で見つめられると何故か嘉神は出て行く気が薄れてしまう。何らかの術を掛けられたのかと疑ってもみたが、そうでもないようだ。
では何故かと考えてみたが、答えは見つからない。
――……考えぬことだ。
答えが出ないことを考えていても仕方がない。嘉神はタイを締めるとコートに袖を通した。
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