月下の運命 華の誓い
Interlude - Schemer
そこは静かだった。
外に出れば波の音ぐらいは聞こえるだろうが、混凝土――コンクリートなるもので作られた壁は音を遮り強制的に静けさを作り出す。
そこはまた、薄暗くもあった。
壁に窓はなく、明かりも点されていない。
この場を照らすのは天井にもうけられた明かり取りの小窓から射し込む日の光のみ。
スポットライトのように小窓から落ちた光の中に一人、佇む者が在る。
萌黄色の鎧に身を包んだ細身の男――アーチャーのサーヴァント、毛利元就である。
佇んだまま微動だにしない元就がいるのは港の倉庫街の内の一つであった。倉庫街及びその周辺は既に毛利の手で押さえてあるため聖杯戦争に関わりのない者が近づくことはない。またこの一帯に罠や駒を配し、マスターやサーヴァントの侵入への対処も怠りない。
この倉庫の静けさは、そのようにして作り出されたものであった。
静けさに包まれた薄暗い倉庫の中でただ一人、その身に光を受けて毛利は一人佇む。その様には端整な顔立ちも相まって人形のような無機質さが漂っている。
一体どれほどの時間そうしているのか。佇む様からはその片鱗すらうかがうことは出来ないが、元就は今この時も自らの駒、天津日の兵――本来は元就の手勢である兵士達だが、元就がサーヴァントとされた時から元就の意のままに召喚され、動く存在となった――に命を下して情報を収集している。元就の宝具たる天津日の兵はただ戦で戦うだけではない。直接の戦い以外の場でも元就の意志に従い斥候や伝令として行動する。その上兵達の見聞きしたものは元就が望む時いつでも知ることができる。その様に兵を矢の如く繰るのが毛利元就の戦法であり戦術であり、故に彼はアーチャーのクラスにある。
そして兵が集めた情報を元に、元就は聖杯戦争で勝利を得るための策の構築も行っていた。
――これまでに確認したサーヴァントは我も含めて七騎。
ライダー、ランサー、セイバー、アサシン、そしてクラス不明のものが二騎。
今のところ、これら以外のサーヴァントは確認してはいない……が、これで全てと考えるは早計よな。斥候はこれまで通り配しておく。
ライダー、長曾我部元親の手の内は既にわかっている。サーヴァントとしてあるであろう幾らかの変化は検討の余地はあるが想定から外れはすまい。奴の宝具はおそらく――。注意すべきは長曾我部本人よりマスターであるあの女。戦闘力には侮れぬものがある。また手の内も全ては晒していまい。
ランサーは手の内は不明だがマスター共々情で動く者。我が策にて絡めとるはさして難しいことはない。秘した宝具も使う機を得られねば無為と化す。
セイバーは気質も宝具も一介の剣士のもの。剣士一人では我が策と軍の前には無力。ランサーとは手を組んでいるらしい。この二組の関係は利用できよう。
アサシンは隠密の業に長け、毒を使う。どちらも厄介ではあるが彼奴からは我に近づけさせず、我が日輪の元に引きずり出せば倒すのはたやすかろう――
――やはり今厄介なのはクラス不明の二騎……か。
端正な元就の顔に刹那、不快の色がよぎった。
クラスが不明なことに対してではない。あれら二騎のサーヴァントは元就と直接対峙し、一方は元就に撤退を選ばせ、もう一方は元就の策を横殴りに打ち壊した。その力への警戒、そして受けた屈辱が元就に不快を覚えさせるのだ。
「二騎の内、より警戒すべきはあの黒いサーヴァント」
不快の念で曇りかけた心を払うかの如く、元就は言葉を発した。無人の倉庫内で声は幽かな反響呼び、消えていく。それと共に元就の顔は元通りの無表情さを取り戻していた。
元就は目を伏せ、昨日あったことを今一度思い浮かべる。己が五感で捉えたもの、マスターの娘、兵どもの五感が捉えたもの双方を通して完璧に昨日の様を脳内に再現する。
港のコンテナ群にて元就の狙い通りにやってきたライダー、ランサーとそのマスター。二組相手といえど策にはまれば元就の敵ではない。宝具を展開するところまで、元就の策の通りだった。
だが――
元就が宝具『終局采配・天津日の兵よ(ヘリオス・フォース)』を展開し、あの辺り一帯には結界が形成された。内に捉えた敵を逃さぬ為、そして外部からの介入を阻むための結界。それをあの黒いサーヴァントは何の障害ともせず侵入した。その上天津日の兵の攻撃は黒いサーヴァントにはまるで効かなかった。
――あの場で彼奴に攻撃を仕掛けた者は我のみ。故、他のサーヴァントはどうかはわからぬが少なくともあれには我が力は通じぬことは確かと見てよかろう。
攻撃が通じない相手とどう戦うのか。元就は既にその手を見出している。
――他の者を当てればよい。
難敵と危険を冒して戦う必要はない。
聖杯戦争は最後の一組になるまで戦いは続く。ならば難敵一つにこだわるのは危険。戦は常に大局より見渡さねばならぬ。自らが討つのが難しければ他の者に任せればよい。幸い、黒いサーヴァントはあの時元就のみならずあの場にいた全てのサーヴァントに襲いかかっている。「全てを殺す」、その意思もあの場の全員が感じ取ったはずだ。
あれでいずれのサーヴァントも黒いサーヴァントの力と危険性は理解しただろうから、討つと考えるのが自然。そう考えぬのならば戦わざるを得ないように追い込む。
元就はその道筋と場を整えれば良い。黒いサーヴァントについて今少し、情報は必要となるが――
「……」
伏せていた元就の視線が上げられた。
――小鴉……これは、丁度よい。
己が一応のマスター――名こそ霊烏路空などと仰々しいが元就にとってはただの小鴉、ただの駒に過ぎぬ者――が見つけたものが元就の注意を引いたのである。
元就は小鴉とサーヴァントとマスターの繋がりとやらを利用して意識を繋ぎ、天津日の兵と同じように小鴉が見聞きしたものを知ることができるようにしてある。ただし、その逆は不可能だ。元就のことを小鴉が知る必要はない。
サーヴァント同士は互いの存在を感知し合うため、そこに当てはまらない上に空も飛べる小鴉は斥候の一人として使える。小鴉は物わかりが悪いところがあるため緻密な指令を果たすことは出来ないが、囮、撒き餌も兼ねさせていると思えばそれなりに使える。特に意識を繋いでおけば小鴉の見聞きしたものが元就に伝わるのは大きい。
そして今小鴉が見つけた「それ」は元就の次の手には有効な状況。これを見過ごす手はない。
――聞け、小鴉。
小鴉が何やら文句を言っている――おおかた名前を呼べだのなんだということだろう――がそれは無視して元就は命を下す――
ごく簡単な命を理解した小鴉が動き出したのを確認し、元就は己の矢であり駒である兵にもまた、命を下した。
――策は二重三重に張り巡らしてこそ。
己が手と刻一刻と変化する戦況を照らし合わせながら、元就は暗く静かな倉庫を後にした。
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