月下の運命 華の誓い
三の三 襲撃者とその陰に潜むもの
目映い閃光が消えた後には、人影はなかった。
空気の焦げた臭いが漂い、地は半径十数メートルにわたって浅くえぐれ――いや、融けていびつなクレーターを形成している。
その様を見下ろすのは宙にある一人の少女。白いマントの下から大きな黒い翼を背に広げ、長い黒髪に緑のリボン、赤い大きな石のついた白いブラウスと緑のスカートといったかわいらしい姿だが、その右腕は棒状のものに変化しているか装着されているかしており、右足には灰色の岩のようなものがいびつにまとわりついている。
そして、少女の右の太股には赤い三本足の鳥の紋様が刻まれていた。
「みーんないなくなっちゃった。やったね♪」
しばし地を見下ろしていた少女は満足そうに呟くとくるりと身を翻し、何処かへ飛び去った。
ひゅっ、と空が裂ける音がした。一瞬遅れてうめき声と共に、クレーターから少し離れた路地から倒れる音が響く。
倒れたのは、緑色の簡易な鎧と笠を身につけた男。
倒れた途端に男の姿は薄れ、消える。残ったのは男の胸を貫いたはずの、壁につき立った赤い槍だけ。
「こいつは……」
消えた男とは別の路地から現れ、呟いたのは碇槍を手にした男。その表情は険しい。金の髪の女もその後に続いて現れた。
「……使い魔かそれに類する何かっぽいな」
ビルの二階の、窓ガラスを失って久しい窓からからひょいと飛び降りてきたのはランサーだ。その左手には雪を抱えている。ランサーが地に立つとすぐ、ムッとした顔で雪はその腕から滑り降りた。
「どうもオレ達を――あんたらとオレ達のどっちについてきたかはわからねえが、とにかく監視していたようだ」
無造作に赤い槍へと歩み寄り、ランサーは壁から抜き取る。
「ここに来た時から気にはなっていたが、さっきのあれの時に――」
「兆し」に気づいたのはマスターの二人だった。
ランサーは、自分達を監視していた男が空を見上げたのを見た瞬間、嫌な予感を覚えた。
金の髪の女は――何故気づいたかはランサーにはわからなかったが、とにかく何か感じ取ったらしい。
ランサーには――おそらく女も――嫌な予感の明確なことなど何もわからない。ただこの場にいてはまずいという、戦いの場に身をおいてきたものの第六感とでもいうべき感覚だけは確かで、それにランサーも女も逆らわなかった。
「雪!」
「元親!」
ほぼ同時に二人は今まさに得物を交えんとした己のサーヴァントの名を呼び、動いた。
女の手から放たれた鎖に繋がった小さな碇が男の体に絡みつき、女へと引き寄せる。
一足飛びに雪に駆け寄ったランサーはその細い腰に腕を回し、地を蹴る。
閃光が炸裂したのはその直後だった――
「――おかしな様子をしていたからな。放っておくのはまずい気がしたんで片付けた」
「片付けてもあまり状況は変わらねえよ」
険しい顔のまま、男は空を仰ぐ。
「あん?」
「物見からの連絡が途絶えれば何があったかあいつなら気づく。そういう奴だ」
「知り合いか?」
「……まあな」
頷く男の表情は硬い。それが今し方の襲撃への怒りによるものであり、また襲撃者に対して何か思うところがあるからだとランサーは読んだ。
「元親、追うかい?」
「おう。あいつが聖杯戦争に首突っ込んでいるなら、放ってはおけねえ」
声をかけた金の髪の女に顔も向けず、空を見据えたまま男は答える。
「追えるのか? あの嬢ちゃん、もう見えねえぞ」
「あたしはただやられるのは嫌いでね。ちょっとした目印をつけさせてもらったのさ」
「なるほど。ぬけめねえな」
ランサーが頷く間に、くるりと男は手にした碇槍を回転させた。
「残念だが、あんた達とはまた次だ」
答えを待たず、男は槍を宙へと投げ、自分も地を蹴った。
「行くぜ、ルビィ!」
「あいよ!」
男に応じ、女も地を蹴る。
そのまま二人は飛ぶ槍に、乗った。
「えっ」
「何?」
思わず声を上げた雪とランサーを残し、二人を乗せた碇槍は少女が消えた方角へと飛び去っていった。
「……あいつ、ライダーかね。随分変わっちゃいるが」
独り言ち、ランサーは雪を振り返る。
「とりあえず、邪魔した以上ありゃ敵だ」
オレ達も行くぜ、とランサーは走り出す。向かった方角しかわからないが、このまま見過ごす気はランサーにはない。人の戦いに横からああいう形で手を出す輩の尻尾は掴める時に掴んでおくべきだ。
「ええ。それにあの子はおそらく師匠が言っていた襲撃者の一人でしょう。ほうってはおけない」
ランサーに続いて走る雪は、けど、と呟く。
「あの子はサーヴァントじゃなかったわ」
それは彼女の単純な疑問であり、疑惑。
「令呪らしきものも見えたしマスターだろうな。
マスターならサーヴァントにも感知できないから奇襲には向いてるだろうが……一人で前に出してくるとはな」
「……あの子は一人だった。私にわかる範囲ではサーヴァントはこの近くにはいなかったわ」
雪の表情が陰った。見張り一人つけただけで、少女一人を前に出してきたのが気に入らないのだろう。それは雪だけではなくあの海賊男もそうだっただろうとランサーは思う。
それが陰に潜んだサーヴァントのやり口であり、海賊男はそれをよく知っているのだろうとも。
「緑の鎧のサーヴァントは、悪知恵の働きそうな奴ってことだな……雪?」
雪の足音が途絶えている。振り返れば足を止めた雪は軽く柳眉を寄せて周囲を見回していた。
「どうした?」
「今、守矢の……それにもう一つ、サーヴァントの気配がしたような気がしたんだけど……」
何度も周囲を見回す雪の口調には自信がなく、どこか不安げだ。気配が掴めないからだけではなく、守矢――セイバーのサーヴァントとそのマスターのことが心配なのだろう。
「今は感じない。気のせい……かしら。守矢達は今日はこことは離れた場所を回っているはずだし」
不安を振り切るように言う雪に、ランサーはああ、とだけ頷いた。
しかし実際は雪のサーヴァントとしての感覚に間違いは無いとも思っている。つまり、この近くにいたのだ。守矢達も、他のサーヴァントも。しかし今はあの海賊二人が追うことをランサーは優先した。
何が起きているかわからない守矢達より、自分達を攻撃したまだ正体が明確ではない陣営を追うことを選んだのである。
「行くぜ」
もう一度、自分の判断はおくびにも出さずランサーは雪を促した。
「……ええ」
まだ気になるのだろう、もう一度雪は周囲を見回したが結局、頷いた。
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