月下の運命 華の誓い

三の二 海賊の流儀 彼女の意志

 距離は槍の間合いから三歩分遠い。まだやる気はない、これはそれを示す互いの意思表示。
 場所は賑やかな表通りから通り二つ離れた裏路地。ここは様々な世界、様々な次元を内包するこのMUGEN界でどうしても抑えきれない人々の欝屈、負の感情が吐き出される場所であり、人目をはばかる陰の者達が潜む一種の無法地帯。つまり、荒事を起こすには丁度いい場所ということである。
 アーネンエルベを巻き込まないため、何よりいざ事が起こった時に存分に戦うためにランサーと雪はここへと移動していた。海賊姿の二人はランサー達の意図を察してか、特に何を仕掛けることもなく、不思議なほど素直に後についてここまで来た。
「ふうん」
 既にその身に戦衣をまとったランサーは興味深げに自分と雪に対峙している二人を眺め、鼻を鳴らす。
 一人は男。
 白い髪はぼうぼうと逆立ち、左目には眼帯。身にまとう衣は紫を基調とし、長柄の武器――碇のような槍と言うべきか、槍のような碇と言うべきか――を手にしている。
 一人は女。
 きらめく金の髪に黒い大きな帽子、右の目には眼帯。大きく広げられた黒衣の服の襟から覗く豊かな胸元に赤い印――碇とハートマークの組み合わせのように見えた――が垣間見える。
「そっちの姉ちゃんの方がマスターかい」
「そっちはあんたの方がマスターみたいだな」
 男が手にした碇槍を肩に担ぎ、ニヤリと笑う。
「その武器、あんた、ランサーか」
 笑みを返すランサーは、まだ無手だ。
「さぁて。お嬢さんの得物からして、そっちの方がランサーじゃねえのか?」
「どうだかねぇ」
 一つ、ランサーは肩をすくめてみせる。
「まあ、戦ってみればわかることか」
「そういうことだな」
 ランサーが一歩、男が一歩、前に出る。
「待って!」
 ランサーの前に雪が走り出た。槍を右手に、半身になって構える。男と雪の間合いは、丁度槍のそれ。
「あぁ、そうだな。まずはサーヴァント同士でやらねえとな、姉ちゃん」
 喜々として男も腰を落とし、構えた。無言で女が男から数歩、距離を取る。
「そうじゃないわ」
 男の喜悦を封じ込めるが如く、凛、と雪の声は響いた。
「あん?」
「聞かせて。あなた達は何故戦うの」
「なんでって……」
 男は女を見やり、それからランサーを見た。
「うちのサーヴァントは戦いが嫌いでね。あんたらの戦う理由を知ることで戦いを回避できる道を探したいのさ」
「そいつぁ……また、あんたも大変そうだな」
 苦笑したランサーに男もまた苦笑して頭をかいた。
「手のかかる女には慣れてるし、嫌いじゃねえよ」
「その気持ちはわかる。ハハハハ、あんたとはイイ酒が飲めそうだ」
「あぁ、運がよけりゃやりたいもんだな」
「答えて」
 一見のんきな男達の言葉を、ぴしゃりと雪が遮る。その湖水の青の眼はひたと、男を見据えている。
「じゃあ答えるがよ。姉ちゃん、サーヴァントとマスターならこの戦で戦う理由なんて一つだろ」
「聖杯が、目的?」
「そうさ。何でも願いが叶うっていうお宝、海賊としちゃあ見逃すわけにはいかねえよ」
「その為に他の人を傷つけてもいいって言うの?」
「無駄な戦いはごめんだがね。前に立ちはだかる奴がいるってなら……」
 肩に担いでいた碇槍を男は一つ振り回した。ぶおんと重く低く、風が唸る。とん、と無造作に地に碇槍を突き立てる。
「ぶちのめして道を開く。それが海賊の流儀って奴さ」
「……そう」
「だから姉ちゃん、あんたが戦いを望まないならとっとと退きな。俺は背を向ける奴を後ろからやるような真似はしねえ」
 目を伏せた雪に静かに男は告げる。その声の響きに偽りはないな、とランサーは思った。
――だが、その理由じゃあな。
「いいえ」
 ランサーが視線を向けたのと雪が首を振ったのは、同時。
――ほらな。
「あなたが聖杯を求めて戦うというのならば、私は退くわけにはいかない。今ここで、あなた達を止めるわ」
 それは迷いのない、強い意志を秘めた声。その意志を元とする闘志が雪の身にみなぎっていく。
 雪はただ自らが戦いに巻き込まれることを忌避するだけの女ではない。戦いを嫌うからこそ自分が戦わないだけでは駄目だということを雪が知っていることをランサーは既に見抜いていた。
――戦いを嫌うだけの女が武器を持つものかよ。
 雪には守りたいものがある。その為に何をすればいいかを、何が必要かを雪は理解し、迷わない。だからこそ彼女はその手に槍を取ったに違いないのだ。
「そうかい。じゃあ、やるしかねえな」
 男は地に突き立てた碇槍を再び肩に担いだ。じゃらり、と槍に巻かれた鎖が鳴る。
「あんたもいい目をしている。楽しませてもらえそうだ」
「最初から、全力で来ることね」
 短い会話の間に、その後のほんの一呼吸の空白に、緊張の糸が張り詰め、二人の闘志が膨れあがる。
 弾けたのは、同時。
 瞬時に間合いはつまり、雪と男が振るう武器が空気を唸らせる。

 閃光。

「――――!」
 叫んだのは、誰だったか。
 直後、熱が、衝撃が、轟音が場を飲み込んだ――
 

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