月下の運命 華の誓い
一の一 汝の身は我の下に、我が命運は汝の槍に
その女は「四人目」だった。
彼の前に現れた、四人目の「槍を手にした女」。
彼のかつての人生になんらかの波紋を残した女達と同じく、「槍を手にした女」。
一人目は彼の師であり、彼に戦うための技と赤の魔槍を与えた。
二人目は彼と戦い、彼の子を産んだ。
三人目は彼の障害であり時に協力者であり、彼の死を見届けた。
――こいつはオレに何をもたらす?
赤枝の騎士、魔槍を携えし槍兵は興味と期待を胸にその女を見据えた。
夜の空にあるは、赤い片羽の月。不気味な赤い光の下、港で灯台が光を放つ。くるりくるりと回る人工の光は、不吉なこの夜への人の抗いのようにも見える。
その灯台の近くで、一人の男が夜の海へ釣り糸を垂らしていた。
青い髪と赤い目が特徴的なその男は派手なアロハシャツにジーパンというラフな格好で竿掛けも無しに竿を手にし、咥え煙草でぼんやりと海を眺めている。
“ランサー”と彼を知る者からは呼ばれているこの男はただの人間ではない。彼は遙か遠き過去にその生を駆け抜け、伝説にその名を記す英雄で、真の名を「クー・フーリン」という。死した後は英霊という一種高次の存在と化し、今は『聖杯』によって現世に招かれた『サーヴァント』と呼ばれる身である。
実は既にランサーが現世に在る理由も、ランサーを現界させていたものも失われている。それでも未だ彼が現世に在ることができるのは彼のいた世界がこの世界、『MUGEN界』に融合したことが一因であった。数多の異なる世界、本来は重なるはずもない次元が一つとなったこの世界ではランサーは本来の有り様から変化し、一個の存在として生きている。
完全にとはいかないがかつてのしがらみから自由になり、この世界の暮らしを同じ世界から来た者達の中では最も楽しんでいるランサーであったが、今宵の彼は妙に気分が落ち着かない。
何か外からの干渉を受けて勝手に気分が、戦意が高ぶる感覚とそれに対する軽い不快感、何かが起きつつあること感じていることから生じる好奇心、期待感、警戒心――そんな感情がない交ぜになり、気分がどうにもざわついてならない。
この感覚をランサーは知っている。
「聖杯戦争……か」
咥えていた煙草を灰皿代わりの空き缶に突っ込み、ランサーは呟く。
【聖杯戦争】とは、文字通り、『聖杯』を巡る争いである。
かつて冬木という地で行われていた聖杯戦争は七人の魔術師が七人の英霊をサーヴァントとして召喚し、最後の一組になるまで戦い、殺し合うという形式であった。ランサーはその冬木の地の五回目の聖杯戦争で召喚されたサーヴァントである。
聖杯戦争に参加する魔術師達はそれぞれに聖杯を求める理由、聖杯戦争に参加する理由を持つ。英霊達もまたそうだ。英霊は無償でサーヴァントとなるのではない。英霊達も己の目的がありそれを果たせる方法を得られるという条件の下で魔術師に従うのだ。
とはいっても、サーヴァントは戦うために召喚された存在である。聖杯戦争で戦い、敵を屠ることこそが存在意義。そのせいか聖杯戦争中はサーヴァントは闘争心が高く、好戦的な状態にある。おそらくは聖杯がそう働きかけるのだろう、文字通り、聖杯を巡る戦いに駆り立てられるのだ。もっとも強制呪文(ギアス)やサーヴァントにほぼ絶対的な命令を下せる令呪ほどの力はない。英霊達がその気になれば抑え、耐えられる程度のものだ。
ランサーが今感じている高ぶりは聖杯戦争の中で感じていたもの――自分の中からわき上がったものではなく、外から喚起されたもの――に近い。「聖杯を得るために戦う」「サーヴァントを得よ」そんな目的意識がぼんやりとではあるが自分の中にあるのが感じられる。
――「聖杯を得るために」ねえ……
「まあ、始まったら始まったで、良いんだが……」
今日何度目かのぼやきをランサーは口にする。
ランサーが召喚された聖杯戦争は既に決着し、聞いた話では聖杯は破壊されたらしい。が、それはたいしたことではない。聖杯戦争は魔術師達がシステムを整えて始めたものだ。似たものを始める者がいないとは言えない。また似たものならばランサーがまたサーヴァントとして選ばれ、その精神に干渉されることもないことはないだろう。
なんにしろ、戦わなければならないなら戦うだけだ。それにあたっては戦い甲斐のある強者がいるかどうかだけがランサーの気になるところである――はずだったのだが。
「何の冗談だこれは」
ランサーが目を向けたのは、己の左腕にある赤い三つ叉の木の枝を意匠化した紋――令呪。
聖杯戦争に参加する魔術師に聖杯が与えるサーヴァントへの絶対命令権であるその紋を、サーヴァントであるランサーが見誤るはずがない。
つまり、ランサーはサーヴァントではなくマスターに選ばれたのだ。
――こういう可能性もそりゃなくはないだろうが……
ランサーにはルーン魔術の心得もある。今のランサーが“サーヴァント”であるといってもそれは英霊が現世に現界している状態を便宜的に指しているだけで、マスターがなくとも――ランサーの“元”マスターもこの世界にいないわけではないのだが――独立して存在できている。
つまり、ランサーには冬木の聖杯戦争のルールならばマスターの資格はあるといえば、ある。
そしてマスターに選ばれたのなら「聖杯を得るために戦う」、そんな目的意識が呼び起こされるのも不自然ではないだろう。サーヴァントならば「敵サーヴァントを倒せ」と来るはずなのだから。
「めんどくせぇ」
はぁ、とうんざりとした思いをこれでもかと乗せてランサーは息を吐く。
サーヴァントであっても面倒なことは色々とあるものだが、基本的にはマスターの方針に従って動き、敵サーヴァントと戦っていればいい。しかしマスターとなればあれやこれやとすることがある。
例えば――
「そう主張されてるし、やっぱ戦うならサーヴァントを喚ばなきゃいけねえんだろうなぁ」
オレ一人で戦っちゃまずいかねえ、などと呟きながら竿をランサーは脇へと置いた。
――近いな。
戦いの気配がする。戦っているのはサーヴァントだ。マスターであり、かつての聖杯戦争でサーヴァントであったからかランサーにはそれがわかる。
一挙動で立ち上がり、ランサーは駆けた。
「この」聖杯戦争がどういったものかの一端なりとも知るために、戦いを見ておく必要がある。
――戦う甲斐が、あるかどうかを知るためにもな。
平和で気楽な暮らしも楽しいが、血湧き肉躍る戦いにも多少飢えていたところだ。
疾風の如く駆けるランサーの手には既に、赤の魔槍が握られていた。
英霊の目は闇を苦としない。心許ない月明かりの中でも、ランサーの赤い目ははっきりとその様を捉え、視る。
薄赤く染められた夜闇の中、一人の娘が戦っている。白い服に包まれたその身のしなやかな動きに合わせて、長い金髪が赤い月明かりの下、鮮やかに踊るように揺れる。振るう得物は、
――槍……あれがランサーのクラスか。
石突きに赤い大きな房が目立つあれは「鎌槍」と呼ばれる日本の槍だ。
――……槍、か。
四人目の、女。
ふっとそんな言葉がランサーの脳裏を掠めた。ならばきっと、あれはイイ女だと思い――
――何?
怪訝に、眉を寄せた。
【……せよ】
頭に響いた声、見たもの、感じたもの、令呪の疼き。全てがそうだと示している。だが、それではおかしい。あの娘は「違っている」。あの娘は英霊などではない、普通の人間だ。普通の人間がサーヴァントとなるなど、あり得ない。
――違うな。
即座にランサーは己の違和感を否定した。
初めから「違う」のだ。己の知る聖杯戦争と混同してはならない。類似点は多いだろうが、いたずらに己の知識に頼り、過去の経験と今の戦いを混同していては戦闘において誤った判断を下すことになる。誤った判断は死を招く。
ランサーは駆ける足を速めた。英霊の、スピードを誇る槍兵のクラスの足ならもう数呼吸であの戦闘域に達する。
闇に身を潜めているのか、なんらかの術か、娘が誰と戦っているかは視えないが、気配――いや、強力な魔力が感じられた。魔力は弱いが、もう一つ別の気配も感じる。
強大だが禍々しく、濃い血の匂いをまとった魔力にフンと一つランサーは鼻を鳴らした。
――この魔力のでかさ、キャスターか。こいつはまたタチが悪そうな奴だ。
「キャスト!」
闇より人影が走り出で、娘に襲いかかる。翻った娘の槍が人影を貫いた。魔力で作り上げられた幻影か、あっという間に人影は霧散する。
――……まずい。
ランサーは地を蹴る。一跳びで娘の前に降り立ち、愛槍を己の前で回転させる。風車のように回転した槍が、目映い光を弾いた。闇が一瞬薄れ、そこにランサーは金の髪の男と赤い髪の女の姿を見た。だがすぐに光は消え、二人の姿も闇に沈む。
「あなた、マスター?」
ランサーの気配からかはたまた左腕の令呪を見て取ったか、娘が戸惑いの色を見せながらも問うた。その手の槍はしっかりと構えられている。
「話は後だ、サーヴァントの姉ちゃん。今はこの場を切り抜けねえとな」
槍を闇に突きつけるように構え、ランサーは肩越しに娘を見やる。
――当たりだ。
ニィ、とランサーの口の端がつり上がった。ランサーへの戸惑いの色を見せながらも青い目に凛とした意志の光を宿した娘は後ろ姿から予想していた以上の美人だ。スタイルも上々。ランサーのやる気は自然と増す。
「これで二対二だ、丁度いいだろう、キャスター」
正面へ視線を戻し、鋭く、たっぷりの殺気を乗せてランサーは闇に向けて言い放つ。キャスターであるという証拠はない。かまをかけたのである。
「いやはや、想定していたとはいえ本当に“マスター”が現れるとは。
やはりサーヴァントとマスターは魂が喚び合い、惹かれ合うものか」
姿は現すことなく、男の声が応じた。朗々と良く通る声だが、妙に芝居がかった口調だ。気配から察するに、人ではない。かといって英霊とも異なる者のようだ。
「引かれ合う、でしょう」
呆れた口調の女の声が響く。こちらも姿は見えないが、気配は男よりは掴みやすい。おそらくは、身体的には普通の人間だろう。
「マスター、君は正確性を重んじるが故にいささか詩的な情緒を求める心に欠けている。マスターとサーヴァントが男女の対となるこの戦、惹かれ合うとした方が美しい。
それを理解できぬのはまことにもって残念無念、大いなる欠陥、惜しむべき不足」
「キャスター、言葉を飾りすぎるのはあなたの悪いクセよ」
――スルーしたかと思ったが、隠す気はなしか。
隠す意味はないと思ったか、単に何も考えていないだけか――声だけでは女の性格は掴めない。
「そんなことよりも大事なことがあるでしょう」
「嗚呼、そうだった。せっかく魂が喚び合い、マスターとサーヴァントが揃ったのだ」
ぐねり、と赤黒い闇が蠢く。闇の形など見えるはずもないが、ランサーはそう感じた。
【けい……せよ】
「来るぞ」
頭に響く声を無視して低くランサーが娘に言ったのと、
「さあ、宴を始めようではないか!
キャスト!」
男の声と共に、黒い人影が三つ、ランサーと娘へと襲いかかったのは、同時。
「影ごときでオレをどうにかできると思うか!」
赤い魔槍が闇を疾る。横に、縦に、そして、貫く。
――思ったより、重い。
槍に影が絡みつく感覚を振り払うように、更に横一閃。
三つの影は形を失い、消えた。
「はぁっ!」
娘がランサーの前へと踏み出す。槍を下段から大きく振り上げる。
かん、と軽い音をあげて、地から何かが娘の槍に宙へと打ち上げられ――爆発した。爆炎と煙が舞い、闇を照らす。
「キ、キキキキキキ!」
間髪入れることなく、風が唸る。闇よりもなお濃い影の風、漂う爆発の残滓を吹き払い、それが意志を持って襲い来る――
「……キャスターじゃなくてアサシンじゃねえのかテメェらは」
影の男が振るった巨大な鉤爪を槍で受け止め、ランサーはぼやいた。そうぼやきたくなるほどに男と女は闇に身を沈めたまま嵐のように攻撃を繰り出してくる。男をサポートして女が放つ攻撃は光を伴い、それで時折垣間見える姿から、二人の位置はおおよそわかっている。とはいえ距離を置いた射撃が主体の攻撃をこうも繰り返されてはランサーも間合いをつめきれない。射撃攻撃が超遠距離からのものではないことだけは幸いではあるが、このままでは埒があかない。
「いやいや、彼らほど私は器用ではないし、あそこまで裏方に徹するのは苦手でね」
「ならもっと前に出てくれりゃ助かるんだがな」
――オレだけならどうにかなるが……
いくつもの戦場を駆け抜ける中でランサーが身につけた、戦闘域から離脱するスキル“仕切り直し”を使えばこの状態から脱し、間合いを取り直せる。そうできれば向こうの手もある程度わかっている以上、対処のしようも出てくる。
が、それもランサー一人であればだ。傍らで戦う娘も共にとはいかない。娘をおいて仕切り直すことはできるが、そうすれば彼女は一人で二人の攻撃を受けることになる。
娘は槍の使い手としては結構な腕前はあるとランサーは見たが、眼前の相手二人をしのぎきれるほどではない。この娘が倒れてしまったら、ランサーはなんのために介入したのかわからなくなる。
――さーて、どうするか、ねえ!
ランサーは一気に槍を跳ね上げ、鉤爪を押し返す。僅かに体勢が崩れた影の男の脇腹をくるりと返した槍で打つ。
見計らったかのように、ぱちり、と指を鳴らす音が聞こえたかと思うと鉤爪の男が霧散した。標的を失った槍は盛大に空を切り、ランサーの体勢が崩れる。その向こうから四つ足の獣と見まごうほどに身を低くして地を駆ける影がランサーに迫る。
【契約せよ】
「うるせえよ!」
空気をまるで読まずに脳裏に響いた声に怒鳴り返しつつ、ランサーは地を蹴る。支点を槍を握る己の手とし、振り抜く槍の流れに体を合わせる。そのまま宙で身を捻る。
――……待てよ。
ランサーの脳裏を閃きが走った。
「氷刃!」
金の髪の娘が振りあげた槍から、氷の刃が放たれる。この娘は氷雪を操る力があるようだ。
氷の刃が駆ける影を打ち消すのと、ランサーがいた場所から噴き上がった赤く光る十字架の形をした光弾が、宙にあるランサーの後ろ髪の先を掠めたのは、同時。
あれはマスターである女の力だ。ランサーの見る限り戦闘慣れしているようではないが、男の攻撃には巧く合わせてくるだけに色々と厄介だ。
ランサーが着地する。
くるりと娘が自分の前で槍を回転させる。この娘も、巧くランサーの動きに合わせてくる。戦闘勘は悪くはないようだ。
「氷鏡!」
槍の軌跡に沿って現れた丸い鏡のような氷が、吹き荒れた黒い風を遮った。
――今か。
「行け!」
遮られた黒い風が消える前にランサーは炎のルーンを放つ。炎は風に飛び込み、大きく燃え上がる。
これは攻撃ではない。目くらましだ。
ランサーは駆けた。
敵に向かってではない。この目くらましではそこまでの時間を稼げない。もっと良い時間稼ぎ、目くらましは――
「おい、姉ちゃん!」
ランサーは娘に向かって手を伸ばす。いちかばちかの賭だ。
「告げる!
汝の身は我の下に、我が命運は汝の槍に!」
その響きに、はっと娘が振り向いた。
反応したのは娘だけではない。
「させないわよ!」
「カット!」
十字架の光弾が跳ぶ。黒い颶風が吹き付ける。
だが、遅い。
娘もまた、駆けていた。
「聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うのなら、
我に従え! ならばオレの命運、汝が槍に預けてやる!」
「ランサーの名に懸け誓いを受ける!」
娘とランサーと、飛びつくように互いの伸ばした手を握った。瞬間、その手を起点に光の風が吹き荒れ、颶風と十字架を吹き散らす。マスターとサーヴァントの契約は一つの儀式だ。自然、一定の魔力放出が伴う。相性が良かったのか、ランサーと娘のどちらか、それとも双方の力の大きさの関係か、今この時の魔力放出はランサーが思っていた以上に大きい。それは悪いわけではなく、ランサーの望むところであったのだが。
令呪が熱を持つ。自分と娘の間でパスが繋がった感覚――だがそれは馴染みのある感覚とは異なっていた――を覚えながら、ランサーは娘の手を握ったままその体を引き寄せる。
「えっ」
「跳ぶぞ」
答えは待たない。娘を脇に抱え、ランサーは既に跳んでいる。
前へ、敵へと。
まだ光は消えていない。魔力放出は魔術に対する障壁にもなる。契約程度の放出ではその効果はささやかなものだが、命懸けの戦いにおいては僅かな差がものを言う。
自らが一条の槍と化した如く、ランサーは突進する。黒い人影が、赤い十字架が放たれるが広範囲攻撃ならともかく、線の攻撃では先に動いた槍兵を捉えきれるはずもない。更に、契約の効果なのだろうか、ランサーの体には新たな力がみなぎっていた。駆ける足は先よりも速い。運良く――ランサーからすれば運悪く――その身を掠めても、魔力の光が邪魔をしてろくな傷にならない。
敵のおおよその位置は把握している。放たれる攻撃も今は、その位置の確定の補助となる。
「はぁぁぁっ!」
ランサーが片手で槍を繰り出したのと、魔力の光が消えたのは同時だった。狙い過たず、槍は男を貫き――
「あぁん?」
怪訝な声を上げたのは、ランサーだった。
手応えが、おかしい。人を突いた感覚ではない。どろりと濃厚な霧にでも突っ込んだ、とでも言うのがしっくりする感覚だ。
「チイィッ!」
「キキ、キキキキキキ」
耳障りな笑い声が響く寸前で、ランサーは愛槍を引き抜き、後ろに飛び退る。飛び退りながら振るわれた鎌にも似たもの、男の変形したマントを弾き返す。ランサーの槍を捉えたのも、あのマントだった。
「嗚呼、嗚呼、残念無念痛恨悔恨! されど君ほどの使い手ならばこれもやむを得ぬか! よろしい、脚本の変更を認めよう!」
どういう訳か両の目を閉じているが、端正かつ繊細な顔立ちで身に夜会服をまとった金髪の男は大仰に腕を広げた。ふわりと背のマントが広がる。
「……要は撤退って事でしょ。それにそれを決めるのは私よ」
溜息混じりに言ったのは赤い髪の知的な顔立ちの女。身にまとう服も真っ赤だが、ただマントだけが黒い。
「我が麗しのマスターよ覚えておきたまえ、役者からの修正申告、修正勧告、異議申し立てを受け入れてこそ真のマスター、演出家、脚本家たる者なのだよ」
――ずいぶんのんきなこって。
フン、とランサーは鼻を鳴らす。離れたとはいえ間合いまでは外していない。次は相手が魔術や技を使うより早く、男がマントで自らを守るより早く、ランサーの槍は相手を穿つだろう。
“魔術師”はランサーの経験した聖杯戦争なら対面して戦うには与しやすい相手だったが、マスターと揃って射撃攻撃を繰り出すこの二人は厄介だ。片付けられる機を逃したくはない。
くるり、とランサーは槍を回して持ち直す。
持ち直した瞬間、ランサーは踏み込んだ。狙うは男の頭。慇懃に、役者のように一礼した男の頭は実に狙いやすい位置にある。外すはずもない。
が。
赤い槍が男の頭を貫ぬく寸前で、男と女の姿は消えた。
「次の宴も楽しきものであらんことを」
そんな言葉だけを後に残して。
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