月下の運命 華の誓い
序の一 闇よりの萌芽
「ソレ」は静かに、静かに足掻いていた。
強大なる力により破壊されたとはいえ、「ソレ」は今だ【在った】。だが、【在る】だけに過ぎない。壊れた己の身を癒すことも、誰かに救いを求めることもできない。
それでも、「ソレ」は足掻いていた。【在る】、そのことにしがみつき、賽の河原で石を積んでは鬼に崩される幼子の如くの徒労じみた足掻きを延々と繰り返す。消え入りそうな己の存在を繋ぐために喰えるものは何でも喰った。穢れであろうと、何であろうと喰らい、飲み尽くした。
理由は一つ。「ソレ」が抱く望みのためだ。
どれほどの時が過ぎたか――喰らうものも既に無く、「ソレ」はただただ望みを目指し足掻き続けるだけとなっていた――何者かの声が、闇に響いた。
「……ほう。――――――――――」
その者が何を言ったのか、「ソレ」にはわからない。興味もない。「ソレ」は黙々と足掻きを繰り返す。
その「ソレ」の上に、何かが落ちてきた。
「――――――――――――」
誰かがまた何かを言っているが、やはり「ソレ」にはどうでもいいことだ。だが落ちてきたもの、何かの実らしきものは「ソレ」にとって魅力的だった。この実には「ソレ」が望みへと近づくために必要な力がある。理屈も何もない、直感とでも呼ぶべき感覚で「ソレ」は理解した。
「ソレ」は実を躊躇なく喰らった。己が望みのためには何であれ喰らわねばならない。失うものなど元より無い。
「ソレ」は持たざるもの。追放される楽園など無い、不和を以て引き裂かれる仲間も無い。持たざるままに在り続け、ようやく見出した己の望みを果たすためならば、「ソレ」がどうして何を躊躇うだろうか。
「ソレ」が大きく震えた。力を得たことを「ソレ」は認識した。これで一歩前進できる。「ソレ」の望みを果たすために、「ソレ」は己自身のために動き出す。
「――――――――――――――――――――――」
いつの間にか何者かの気配は消えていたが、「ソレ」は気づきもしなかった。
「ソレ」にはもっともっと力が必要だ。そのために「ソレ」はもっと喰らわなければならない。「ソレ」自身の望みを果たす力を得るために喰らわなければならない。それにもっとも良い方法は――
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