友、ふたり

直衛家にて

 嘉神とレンが直衛示源の家を訪れるのにさしたる理由はないことの方が多い。示源が声をかけたにしろ嘉神が――珍しく――そんな気を起こしたにしろ、するべきことがあってのことではない。
 それでも示源は嘉神と、同行したレンを穏やかに出迎え、嘉神は持参した茶菓子を手渡して直衛家の玄関をくぐる。
 その日もそうであった。

「虎徹は、レンをどこへ連れて行った?」
 湯飲みの茶を一口口にし、嘉神は示源に問うた。
 嘉神が湯飲みを戻したちゃぶ台の上には四人分の湯飲みと嘉神の土産の茶菓子――小豆を使ったケーキ――を乗せた皿がある。湯飲みの一つは示源用で他のものより一回り大きい。
 レンと虎徹の分の皿はもう空だ。あっという間にケーキを平らげた虎徹は示源にたしなめられつつもレンを急かし、レンがケーキを食べ終わるやいなやその手を引いてどこかに駆けていったのであった。
「うむ」
 低く、唸るように一つ頷いた示源の口元は微笑ましげに、しかし幾分の苦笑を交えてほころんでいる。
「先日な、テレビ、を買った。世間の様子を知るに便利と聞いたのでな。
 しかしわしは知らなんだのだが、あれは、世間の様子だけではなく、芝居や絵芝居も見られるものだったのだな」
 テレビで見る絵芝居――つまり「アニメ」のことであるのだが、その内の一つを虎徹が随分気に入ったのだと示源は言う。
「その絵芝居に出てくる巨大な獣が虎徹は特に気に入ったのだ。子供らが腹に飛び乗って遊んでいる様が良かったのだろうが、同じことをしたいとせがまれてな、それでわらやら何やらで作ってやったら喜んでおった。それをレン殿にも見せたいのだろう」
「そうか」
 一つ頷いた嘉神だったが、僅かにその眉が寄せられる。
「虎徹は十六だったな」
「うむ」
「それで作り物とはいえ獣に飛び乗って遊びたがるというのはどうかと思うが」
「そう言ってくれるな」
 困った顔で示源は頭をかいた。嘉神の言葉に同意するものはあるらしい。
「確かに虎徹は十六の割に幼いところはある。だが、あれでしっかりしておるのだぞ。
 お前だから言うが、家のことはほとんど虎徹がやってくれている。頼りになる娘だ」
「……そうか」
 嘉神が頷くまでに、いささかの間が、合った。
 その間の訳を示源は知っている。
 なぜ虎徹は家事が得意なのか。
 それは六歳の頃から十年、少女が一人で生きてきたからだ。
 なぜ虎徹――幼い少女が十年もの間一人で生きることになったのか。
 それは、嘉神慎之介が少女の養父である直衛示源を封印したからだ。
 地獄門を開き、人を滅ぼすために。
 このことを、直衛親子を自らが引き裂いたことを嘉神は、示源が語らずとも理解している。
 故に、間が空いた。
「うむ」
 示源が頷くまでの間は、なかった。力強く、しっかりと頷いた。
 己を封印した嘉神への恨みが今はないとは言わない。封印されて示源は十年もの年月が奪われ、外見もかつてとは別人の如く変貌した。虎徹は一人きりの十年を過ごした。
 親友といえど、嘉神が現世守護の役割に立ち戻ったといえど、そうあっさりと水に流せるものではない。
――だが慎之介は友なのだ。
 恨みが残ろうともそれは変わらない。生真面目過ぎて少々生きることに不器用なこの、嘉神慎之介という男は示直衛源の親友なのだ。その想いは断ち切れなかった。
 嘉神もまた自分のことを友だと思っていると示源は信じている。常世に堕ちた時でさえ、そうであったと。だからこそ嘉神は示源を殺さず、封印にとどめたのだと。
 そしてもう一つ。
 直衛示源は嘉神が理解していることを理解している。
 故に、間は空かなかった。
 

-Powered by 小説HTMLの小人さん-