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「♪We Wish You a Merry Christmas, We Wish You a Merry Christmas, We Wish You a Merry Christmas, and Happy New Year♪」
 楽しげに口ずさみながらリビングにで鎮座するもみの木にぐるぐると銀色のモールを巻き付けているのはテリーだ。
 その傍らではルゥがせっせとオーナメントをもみの木につるしている。
 金色、銀色、赤に青、丸いボールのオーナメントはどれも光を弾いてきらきらと輝き、天使やサンタを模した小さな人形は皆やわらかに微笑み、これからの時を静かに祝福しているようであった。

「ロック、ルゥ、クリスマスツリーだ!」
 ご機嫌のテリーが自分の身長ほどのもみの木を担いできたのは昼過ぎのこと。どこでどう手に入れたのやら、クリスマスツリーに最適としか言いようがない見事な枝振りのもみの木をリビング据えたテリーは一緒に持ち帰ってきたらしい飾りをせっせともみの木につけていく。
「どうしたんだよこれ」
「クリスマスといえばツリーだろ?」
 呆れたロックの問いに答えになっていない答えを眩しい笑顔と共にテリーは返す。
「ツリーなの?」
 きょとん、とルゥが小首を傾げた。
「そうだ。家族みんなでツリーを飾ってスペシャルなディナーを食べる。それがクリスマスの楽しみだ」
「家族みんなで? わたしも?」
「ああ。もちろんさ」
 笑顔で大きく頷き、テリーはオーナメントを一つ、ルゥの手のひらに載せた。幼い天使の人形のオーナメントはルゥの手の中で愛らしく微笑んでいた。
「まずは飾り付けを手伝ってくれよ」
「うんっ」
 嬉しそうに頷いたルゥの顔に浮かんだ笑みは、その手の天使のものとどこか似ていて。
「ロックも頼むぜ、電飾もあるからな」
「……ああ」
 頷いたロックがほんの少し遠い目をしていたようにルゥは思った。
――ロックは、テリーと何度もクリスマスしてるものね。
 今までのクリスマスのことを思い出しているのだろうというルゥの思いは間違いではない。間違いではないのだがそこにあるのはただの懐旧の念だけではなく――
――……ほんと、クリスマスだけはちゃんとやろうとしてたよな、テリーは。
 根無し草で風来坊の養父を持った少年の、複雑な思いであった。今でこそ定住した落ち着いた暮らしができているが、ヒッチハイクどころか貨物列車に無断の無賃乗車当たり前の旅の日々――面白可笑しい、退屈のしない日々だったことは確かだが、多感なティーンの少年には苦労の多い日々――の「クリスマス」の思い出。
 けれどそれは、決していやな思い出ではなく。

『♪We Wish You a Merry Christmas, We Wish You a Merry Christmas, We Wish You a Merry Christmas, and Happy New Year♪』

 どの年もその歌を口ずさみながらテリーはツリーを飾り付けていた。
 手のひらに乗るような小さなツリーだったり、捨てられていた植木だったり、適当な廃材を不格好に積み上げただけのものだった年さえもあったけれど、クリスマスには「ツリー」をテリーは用意して飾り付けた。もちろんツリーがあのようなものだから飾り付けだって空き缶だったりポスターやチラシの切れ端だったりの年もあったのだけれども。
 それでも、ロックはクリスマスを祝う、祝ってくれるテリーの気持ちが嬉しかったのだ。

『家族みんなでツリーを飾ってスペシャルなディナーを食べるもの』

 それがテリー・ボガードにとってのクリスマスなのだと彼と共に暮らしていく中でロックは知った。
――それって、つまり。
 テリーにとって、クリスマスを共に過ごす者は家族だということ。すなわち、テリーにとってロックは家族だということ。万の言葉よりもクリスマスのひとときがそれをロックに実感させてくれた。


「♪We Wish You a Merry Christmas, We Wish You a Merry Christmas, We Wish You a Merry Christmas, and Happy New Year♪」
 テリーの歌は途切れることがない。ただ、同じところを延々繰り返している。毎年のことだがどうもこの部分しかテリーは覚えていないようで、更にここから先を覚えることもない。この先があることをわかっているかも怪しい。
 けれど、歌うテリーは楽しそうだ。今までのクリスマスも、今日も、変わることなく楽しそうに同じ歌を口ずさむ。
――テリーらしいなぁ。
 だからツッコむ気もないロックはもうメロディを覚えてフンフンとテリーの歌に合わせてハミングしている小さな少女――ルゥを見る。
「なあに?」
 きょとんと首を傾げたルゥにロックは銀色の大きな星飾りを渡した。
「この星をツリーのてっぺんにつけたら完成だ」
「わたしがつけていいの?」
「もちろん。な、テリー」
「ああ、今年はルゥに頼もうか」
 笑みはロックからテリーへ、そしてルゥへと向けられる。
「わかった。がんばる」
 こっくりと頷いたルゥの顔に浮かぶのも、微笑み。
「てっぺんだぞ。一番上。
 クリスマスの星はみんなを見守る星だから、一番上になくっちゃいけないからな」
「うんっ」
 テリーに抱き上げられたルゥは銀の星を持った手をツリーの一番上へと伸ばした。少しぎこちなく、しかし丁寧に、決して落ちないようにしっかりと星を飾り付けていく。
「できたよ、テリー」
「よし、上出来だ。サンキュ、ルゥ」
 ルゥを下ろしてテリーは満足げにツリーを見上げた。
「きれい……」
 目を輝かせてルゥもツリーを見上げている。
 色とりどり、形も様々なオーナメント。きらきらと輝くモール。ちかちかと瞬くのはロックがつけた電飾だ。
 そして、ツリーのてっぺんできらりと光る銀の星。
 完璧なクリスマスツリーであった。
「だよなあ。
 いいツリーを家族で飾って囲む。最高だな!
 これであとはスペシャルなディナーがあれば完璧だ。準備はどうだ、ロック?」
「家で準備できる分は澄んでるよ。あとは注文したターキーとケーキが届くのを待つだけ……テリー?」
 ひく、とテリーの笑顔が引きつったのをロックは見た。
「テリー、ターキーの注文は俺、テリーに頼んだよな?」
「あのなロック、このツリー、いいだろ?」
 引きつった笑顔のまま、テリーは両手を広げてツリーを仰ぎ見る。
「ああ、いいツリーだと思うよ。で、ターキーは?」
「クリスマスにはクリスマスツリーが欠かせないんだ」
「ツリーがないのは寂しいと俺も思うよ。で、ターキーは?」
 ロックは笑顔である。
 しかしじり、とルゥが後じさった。
――ロック、怒ってる。
 例え怒りの矛先が自分に向いていないとしても危機を感じれば身を守ろうとするのは生きとし生けるものの本能である。
「あの日な、ターキーを注文しに行く途中でこれ見つけてさ、店頭分しかないから今日じゃないとクリスマスに受け取れないって言われてな、それで予約とか色々やってるうちにさ……」
「ターキー忘れたと。テリー、あのターキー、予約しないと買えないんだぜ。
 テリーはクリスマスにはスペシャルなディナーが必要って言ってたよな?」
「オーケー、わかった。ロック、落ち着け。現在時刻は三時だ。ディナーは六時とすればまだ三時間ある。
 ディナーまでにターキーを用意する。任せろ。な? だから……」
 テリーが、床を蹴った。大きくバックステップ。両足が床につくと同時にターン。半身になった瞬間にダッシュ。
「必ずメインディッシュは確保するからなぁぁぁぁぁ!」
 さすが伝説の狼、三十代になっても体のきれは衰えない。見事な逃走であった。
「……子供じゃないんだからさあ」
 はぁ、とロックは溜息を一つこぼした。ツリーに夢中になってターキーの注文を忘れる。会話の途中で予測した通りのことであり、テリーなら仕方がないと思ってしまう辺り、自分は甘いのだとロックは思う。
――まあ、テリーなら何とか……しそうだよなぁ。
 ターキーは無理でもチキンとかローストビーフとか。何かしらきっと手に入れてくるだろう。テリーのクリスマスへの想いは相当なものだし、こういう時のテリーはツいている。ツキを呼ぶだけのものをテリーは持っている。
「じゃあルゥ、テリーが戻ってくるまでこっちはこっちで準備してようか」
 飾り付けの後片付けにディナーのテーブルの準備、ケーキの受け取りとすることはまだ色々ある。
「うんっ」
 元気よく頷いたルゥにもテリーを案じる色はない。テリーなら大丈夫だと心から信頼しているようだ。
――……ガキの頃の俺みたいだな。
 テリーに呆れたり困らされたりしながらも、「テリーなら大丈夫」、それだけは何故かロックの中で揺らぐことはなかった。今だって――色々知り、わかってもなお――その想いは揺らがない。
 テリーはきっと自分が注文し忘れたことなど忘れてターキーを、そうでなくても何かスペシャルなものを持って帰ってくるだろう。
 この家で待つ、家族のために。
「テリー、早く帰ってくるといいなあ」
 ドアを振り返って呟くルゥの声に、表情に自分と同じものを感じながら「ああ」とロックは頷いた。



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「♪We Wish You a Merry Christmas, We Wish You a Merry Christmas, We Wish You a Merry Christmas, and Happy New Year♪」

 普段、歌なんて歌うような人じゃなかった「父さん」が不器用に口ずさんでいた歌だった。
 歌いながらツリーに飾り付けをしていた。

「父さん、おれもやっていい?」
「ぼくも、ぼくもやりたい!」

 兄弟で競い合って手伝いを申し出て、三人でツリーに飾り付けた。
 いつも、ツリーのてっぺんの星を兄弟どっちが飾るかでケンカになって、「父さん」に怒られた。怒られて、兄弟で一緒につけることになるまでが毎年のことで。

「ツリーの星はな、あそこで家族を見守ってくれる。だから仲良くするんだぞ」

 きらきらと輝くツリーの星を指して「父さん」はそう教えてくれた。
 それから、「スペシャルなディナー」を三人で――家族で食べる。大きなチキンとか、でっかいケーキとか、山盛りになったジンジャークッキーとか、クリスマスのディナーは本当にスペシャルだった。

――「スペシャル」なのは、「父さん」がいたから、「父さん」が俺達のために「スペシャル」を作ってくれたからだった――


 目を開くと闇の中に、銀色にきらめく星が見えた。
 ツリーのてっぺんで銀の星。
 クリスマスの星。
 その星の下で今年もスペシャルなディナーを家族で食べて、たくさん話して、歌って、騒いで――
――ああ、今年もいいクリスマスにできたなぁ。
 満足そうに笑んでテリーは改めて目を閉じた。寝転がっているのはソファの上。ぐい、と毛布を引っ張り上げる。
――ロックかな。いや、ルゥか。
 ロックは近頃テリーに手厳しい。「寒くなったら部屋に行くさ」とか言ってそうだ。そこをルゥが何とかなだめてこの毛布を掛けてくれた――自分が寝てしまった後のことをそんな風にテリーは想像してみる。
 明日になったらルゥに礼を言ってロックに謝ろう。片付けを手伝えばロックも悪い顔はしないだろう――思う内にいつしか、伝説の狼は寝息を立てていた。
 ツリーのてっぺんにきらめく星だけが、その姿を見守っていた。
 

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