ほくほくの
ちょっとした知り合いから「できすぎたので」と分けてもらったじゃがいもは段ボールにぎっしりと。
日持ちもするし使い勝手もよいものなのでこれだけあっても困りはしない。分けるあても十分にある。
しかしとりあえずは自分でおいしくいただこう、と朝倉鉄兵は思った。
まずはシンプルに。そのもののおいしさを堪能するのがいい。
洗ったじゃがいもを五つ六つ、ラップで包んで電子レンジにかけること数分。蒸らすこと数分。つんつんと熱々のラップの上から指でつついて十分やわらかくなったことを確認。
「こんなもんか」
わくわくと待っていた小餅に言うと、ぱあっと顔が輝いた。同時に、くう、とかわいい音もする。
時計を見れば、そろそろ三時だ。
「今日のおやつはこれでよかね」
うんうんっ、と頷く小餅によっしゃと頷き返して鉄兵は冷蔵庫からマヨネーズとバターを取り出した。それらと皿やら何やら必要なものを乗せた盆を手に向かうは縁側。てちてちと小餅がついてくる。今日は天気も良い。なんとなく日向で食べたい気分なのだ。
縁側に腰を下ろした鉄兵の隣にちょこんと、小餅が座る。小餅の反対側に盆を置くと鉄兵はじゃがいもを一つ手に取った。
まだまだ熱いラップを剥き、やはり熱々の皮を剥けば黄色がかった白い中身が湯気を立てて露わになる。それと共にほんのりと甘みを感じさせるにおいが漂った。
「小餅、よだれ垂れとるちゃ」
てれ、と小さな口の端から溢れたよだれを苦笑しつつ拭ってやる。されるがままの小さな少女の眼差しは、「早く早く」と訴えている。
「慌てん慌てん。熱いから、気ばつけるんぞ」
皿の上に剥いたじゃがいもとフォークを乗せる。
「マヨネーズとバターとどっちがよか?」
問うも、小餅は既にフォークに刺した小ぶりのじゃがいもにかぶりつこうとして――やはり熱かったのか、ぱっと口を離した。
「だけん、慌てるなっち。ほれ、ふーふーするったい」
たしなめられたせいか、食べられなかったせいか、どちらともつかない不満げな顔をしたがそれでも小餅はふーふーとじゃがいもに息を吹きかけた。少し息を吹きかけては口に近づけ、また少し息を吹きかけては口に近づけてを繰り返すこと数度、思い切った様子で小餅は再びじゃがいもにかぶりついた。
と、見る間に小餅の相好が崩れる。ぬくぬくのじゃがいもを口いっぱいにほおばってあむあむと口を動かすその顔は実に幸せそうで。
「うまかか」
よかよか、と目を細くしながら鉄兵はもう一つじゃがいもを剥いて小餅の皿に置いてやる。一つ小餅が食べ終わる頃にはちょうどよく冷めるはずだ。今度はマヨネーズかバターかを選ぶ余裕もできるだろう。
それから自分の分のじゃがいもを剥き、小餅に倣って鉄兵はそのままかぶりついた。
ほっくりとしたじゃがいもの素朴な甘みが口の中に広がる。その味を堪能するようにゆっくりとかめば、その味わいは深みを増す。
「んー、うまかね」
これは仲間連中にも分けてやるのが良いと思いつつ、もぐもぐと一つ鉄兵は平らげた。ちらと様子を伺えば、小餅はまだ一つ目を半分ほど食べたばかりだ。
二つ目を取って剥く。今度はマヨネーズをかけてみる。かぶりつけば、マヨネーズの酸味とコクがじゃがいもの甘さを更に引き立てる。
三つ目はバター。バターの風味はじゃがいもの味わいに深みを与える。
「いかんね、いくらでも食べられるったい」
ようやく一つ目を平らげた小餅のリクエストに応えて二つ目にバターを添えてやりながら鉄兵は独り言ちた。
「じゃあ、私にもちょーだい」
声と同時に、影がさっと上から走る。すとん、と降り立つ。降り立って、ふらふらと揺れる。別段、着地に失敗したわけではない。これが彼女の普通の様だ。
「萃香、だけん、玄関から入っちくれんね」
溜息は胸の内にとどめ、しかし呆れた口調は隠さずに鉄兵は彼女――伊吹萃香に言った。頼むわけでもたしなめるつもりもない――萃香はその心のままに動くのだから――が、とりあえずして欲しいことは言わねば伝わらない。萃香が妥当だと認めれば聞いてくれることであるし。
「美味そうなにおいがしてたんだもーん」
「萃香は酒以外にも鼻がきくんやから……」
「えっへん」
「褒めとらん」
言いながら、鉄兵は腰を上げた。
「どうしたの?」
「追加を作ってくるったい。そんで、つけるもんも別に持ってくる。
萃香は酒のあてが欲しかっちゃろ? そんならマヨネーズやバターより他のがよか」
味噌を持ってきてバターと混ぜてやれば酒のあてにちょうどよくなるだろう。
「気が利くねえ。感心感心」
鉄兵が座っていたところに腰を下ろし、萃香はひょうたんに口をつけた。
その隣で、小餅は無心にじゃがいもをほおばっている。バターの効果かさっきより食べるのが早い。
「萃香、小餅んののうなったらむいてやってくれんね」
「任せられたー」
言う萃香は残っていたじゃがいもに手を伸ばしている。とりあえずあるものを食べたいらしい。萃香も幾分空腹なのかもしれない。
これは少し多い目にじゃがいもを用意した方が良いだろうかと思いながら、鉄兵は台所へと向かった。
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