風柳堂奇譚

聖誕祭に夢の変奏曲を

◇プレリュード
 空は、厚い雲に覆われていた。
 他の季節であればその様は重苦しく鬱陶しいものを感じさせるが、冬の日は期待を人々の胸に抱かせる。
 天より冬の欠片、冬の凛とした寒を封じられた可憐な結晶――すなわち雪が舞い降りてくることを。
 ことに今日は聖誕祭――クリスマスだ。祭に浮かれる人々は皆、雪に景色が染まることが、雪に遊ぶことが、雪を大切な者と眺めることが出来れば良いと期待し、願うのだ。
 
 そんな、期待に充ち満ちた街を急ぎ足に行く黒いコート姿の少女が一人。
 コートと同じ黒のリボンを飾った青銀の髪をなびかせ、ちりんちりんと時折鈴の音を鳴らしながら少女はクリスマスに浮かれる人波をすり抜けてゆく。夕日の色にも似た赤い目に宿るのは、街に満ちるのと同じ期待。
 肩から提げたポシェットを時折確かめるようにきゅっと押さえ、弾む足取りで灰色の空の下を駆ける。

「…………」

 りん、と少女とは別の鈴の音が鳴った。
 鈴の音の主は、白い少女。黒いコートの少女とそっくりな姿形でありながら、その髪の色は白銀で、まとうコートも髪を飾るリボンも白い少女だった。
 大きなバスケットを手にした白い少女は歩んでいた足を止め、きっ、と駆けていく黒い少女を睨み据える。少々気が強そうだが可愛い顔立ちに、そして浮かれた今日という日の街の雰囲気に似合わない、眉間にしわを寄せた極めて不機嫌な表情がその顔には露わになっていた。
 黒い少女は白い少女に気づいた様子はなく、駆けていく。やがてその姿が人波の中に消えてしまうと、白い少女は前に向き直ってまた歩き始めた。
「……羨ましくなんか、ないんだから」
 ツン、とした表情とは裏腹に、呟きには寂しげな響きが宿る。
 しかし浮かれた街はその呟きを呑み込み、誰の耳にも届かない。
 それを象徴するかのように、厚い雲に覆われた空の下でくるりと鮮やかな赤の飛行機が輪を描いた。
 
◆妖精の舞う空
 少女は飛ぶ。
 灰色の雲の下を飛ぶ少女には、重力や諸々の抵抗、摩擦など何の束縛にもならない。己の意志のままに自由に、少女はすさまじいまでのスピードで天を翔る。
 長い、透き通った白の髪と漆黒のコートをなびかせて天翔る少女の姿は端麗にして幻想的であり、あたかも風の妖精――シルフィードが顕現したかの如くであった。
 もっとも、妖精でこそなかったが少女が人ではないということは事実だ。少女の名はゼルニース・エックゼイール・エールレイヤー。魔道と科学の双方の粋を極めて作り出された体に、人の魂を宿した存在である。
 自らにかかる重力を制御し、自在にスピードを変化させて飛行することは魔法を駆使し、また高度な科学技術によって自らの機能を統制・操作するゼルニースにとって呼吸と同じぐらいにたやすいことであった。
――配達は、今のところあと十件ね。
 肩から提げた袋をきゅっと押さえ――完璧に重力は彼女の操る魔法によって制御されているのだから落とす心配はなく、ただの精神的なものである――依頼達成状況をゼルニースは確認する。
 今彼女が天翔るのは受けた依頼を果たすためだ。急ぎの配達を頼みたいと朝からひっきりなしに依頼が舞い込んできている。今日がクリスマスであることを考えれば、それも仕方がない。クリスマスなのだからゼルニースとて少しぐらいはゆっくりしたいのだが、悲しいかな、彼女には働かねばならぬ事情があった。
 詳しい事情は割愛するがゼルニースを作り上げるには莫大な金がかかっており、また彼女を正常に維持していくためにも引き続いて金は必要なのだ。かくして少女は資金を得るためにその身に備わった高度な機能と能力を最大限に生かして、殺し以外(ただし虫はOK)はなんでも解決する依頼引き受け屋と、その窓口となるカフェ『Carpe diem』を始めたのであった。
――できれば18時までには全部終わらせたいものですわ。
 クリスマスのディナーぐらいは父親と時間を取って過ごしたい、そう思って速度を上げようとし――逆にゼルニースは速度を緩めた。
 その眼に、自然ではあり得ない方向から光が飛び込んできたのだ。この程度の光で目が眩むゼルニースではない。緩やかに飛行を続けながら、嘆息と共に光の元を追う。認識は一瞬だ。
 同時に、激しい光の明滅の意図を読み取る。

【ヘイ! ゼル! メリークリスマス!】

『相変わらずアナログな通信手段を使いますのね。最新鋭の通信機をお貸しして差し上げたでしょう?』
 自分へと呼びかける光――光信号の元へと、ゼルニースは自分の内に組み込まれている通信機能から声を送った。なるべく、精一杯の呆れの色を乗せて。
 彼女の真朱の目が見据えるのは、赤い、炎のように鮮やかな赤い複葉機と、その操縦席で手を振る少年――アルフレッド。ゼルニースとはとあるきっかけで知り合った。スピードこそゼルニースには遠く及ばないが戦闘のセンスも悪くないし、少々無頓着なところがあるものの気の良い人物であることは確かな少年である。
 出会った時になんとなく気があったというか、アルフレッドがゼルニースのカフェの料理とお茶を気に入ったというか、そんなこんなでそれなりに親しくしている。たまにアルフレッドが依頼を手伝うこともあるので、ゼルニースは通信機を貸しているのだが――
【通信機じゃロマンが無いじゃないか】
 手にしたライトのシャッターをカシャカシャと開け閉めして光と、手信号まで使ってアルフレッドは伝えてくる。ゼルニースには全く理解できないがアルフレッドにはロマンだかなんだか色々とこだわりがあるらしい。旧式の複葉機を好むのも、通信機があるにも関わらず光信号や手信号での通信を好むのも、そんな『男のロマン』によるものらしい。
――男って厄介で面倒なものですわね。
 ゼルニースにしてみれば、そうとしか思えないものであったが。
 しかし彼女の思いなど一向に気づいた風なく、アルフレッドは愛機を大きく旋回させてゼルニースに近づき、併走させると更に光信号と手信号で言葉を掛けてくる。
【仕事中かい? クリスマスなのに大変だね】
『クリスマスだから、ですわ。イベントの時には依頼は増えるものでしてよ』
 それでも彼女の使う通信機と比べればまどろっこしいことこの上ないアルフレッドの信号をいちいち待った上で、律儀にゼルニースはアルフレッドに言葉を返す。
 実を言えば、アルフレッドと言葉を交わすのはゼルニースは嫌いではない。アルフレッドは少々面倒なこだわりを持った少年ではあるが、年の近い友人の少なかったゼルニースにとって、こういった他愛のない会話は楽しいものであったのだ。
【あぁ、そうか。じゃあ、手伝おうか?】
『……そうですわね』
 少し考え、ゼルニースは『Carpe diem』に通信を飛ばし、依頼の今の状況を確認する。状況を把握し終わるまでほんの数秒もかからない。
『何件かお願いして大丈夫そうなのがありますけど……』
【OK! じゃあ、ゼルのカフェに向かえばいいね】
『お待ちなさい』
 あっさり承諾するアルフレッドをゼルニースは制止した。
【ん?】
『いいんですの? 今日はクリスマス、あなたにも用事があるのではなくて?』
「…………」
 アルフレッドの返事はすぐには戻らなかった。ゼルニースの精密で鋭い目は、赤い飛行機の操縦席で彼が頭をかいているのを見て取っている。
――どうしたのでしょう?
【まあ、八割はすんだし】
 カシャカシャとアルフレッドのライトから放たれる光は、さっきよりテンポが悪い。実際に喋っている状況で言えば、奥歯にものが挟まったような言い方、といった風である。
『なら、いいのですけど』
 きょとんとしながらも、アルフレッドが良いのなら頼もうとゼルニースは頷いた。今日はまだまだ忙しくなりそうなのだ。手伝ってもらえるなら本当にありがたい。
【じゃあ、また後で】
 最後は手信号でそう告げると、アルフレッドはぐぐっと赤い飛行機を傾け、旋回させた。
『ええ、お願いしますわ』
 アルフレッドが手を振って応えたのを、ゼルニースは見た。
『アルフレッド』
 なんとなく、ゼルニースはアルフレッドに呼びかけ、すぐにそれはそうすべきであったことに思い至った。
 まだゼルニースは最初の言葉に応えていない。

『メリークリスマス』

 『Carpe diem』へと進路を取った赤い飛行機は、答えの代わりに一つ大きな輪を描いてみせた。

「さて」
 赤い飛行機が遠くへ――『Carpe diem』へと向かったのを見送ると、ゼルニースは前へと視線を向けた。
「私も、今ある依頼を果たしていきませんと」
 赤い飛行機に合わせていた速度を、一気に上げていく。妖精は再び高速で天翔る。アルフレッドと言葉を交わした時間が無駄だとは思わないが、そこにかけた分は取り戻さなくてはならない。まだ今手元にある依頼だけでも十件あるのだ。
――早く片付ければ、店にも早く戻れますものね。
 そう思ったゼルニースの脳裏には、あの鮮やかに赤い飛行機が浮かんでいた。

◇ブリッジ:路地裏をゆく黒猫
 ちりり、と鈴の音を鳴らして首に黒いリボンをつけた黒い猫が裏路地を駆けてゆく。それは先刻街を駆けていた黒い少女がもう一つの姿に変じたものだ。
 にぎやかに、明るい雰囲気に包まれた表通りとは違い、裏通りは静かでどこか淀んだ空気が漂っている。しかしこの道は彼女が目指す場所への近道なのだ。若干の危険はあるが、それを推してでも彼女はこの道を行く。
「…………」
 と、黒猫の足が止まった。その赤い目が、裏通りから伸びる細い道――より街の影が濃いエリア、路地裏へと続く道に向けられる。
 しばし黒猫はその道の先を凝視していたが、やがて何事もなかったかのようにたっと駆け出した――

◆白銀の鏡が現ずるのは
 くるり、と少女が踊るように身を翻した。ほのかに青を帯びた白磁の色のコートが、一つに結わえた真銀の色の髪がその動きに合わせて揺れる。
 宙に彼女の力、彼女の存在そのものを意匠化した紋章が浮かび上がる。それは彼女が大きな力を使う証。
 回転と共に少女の両の手は下方から天へと掲げられ――その手に力が収束していく。
 寸の間、少女はその血潮のごとき赤き眼で眼前の「敵」、すなわち「悪」を見据えた。
 眼にあるのはただ、「断」の意志のみ。
 少女の手が一切の容赦なく振り下ろされ、その手に収束した力を地に叩きつける。叩きつけたその一点から地が凍り付き、凍り付いた地から無数の氷の刃が生まれた。
 氷刃は生まれたはしから「悪」を貫き、滅す。避ける時も、断末魔をあげる時すらも与えることなく。
 やがて役目を終えた氷刃が消え失せたとき、そこに未だ動く「悪」の姿はなかった。
「…………」
 冷ややかに、油断無く、少女は周囲を睥睨する。眼前の「悪」を滅したといって、安易に気を緩めることはできない。今滅した「悪」は人の負、陰の感情がなんらかの理由で物質界に影響を与えるほどの力を得た存在だ。名前など無い、まさに「悪」としか呼ぶしかないモノ達であった。
 この辺りは元より、負の感情、陰の気がたまりやすい場である。更にクリスマスという今日の日は人の正の感情、陽の気が高まりやすい日だ。それはつまり裏を返せば負の感情、陰の気もまた生まれやすいことを意味している。
 現に、この地に出現した「悪」は常より多く、力が強かった。
 もっとも少女――『白銀の鏡』の守護者にして悪を滅する者、ハクレンには恐るるにたるモノではなかったのだが。
 ひとまずこの近くには同類の「悪」の気配もないことを確認すると、ハクレンは胸の前で手を合わせた。『悪』を滅するだけが彼女の為すべきことではない。『悪』を滅することは彼女の存在理由の一つであるが、これより行うことは彼女の存在を維持するために必要なことであった。
 ハクレンは合わせた手をゆっくりと離していく。離すと共に、手と手の間に淡い銀の光が現れる。現れた光は周囲に散り、地に伏して動かない「悪」を包み込んだ。光の中で「悪」は形を崩し、消えていく。
 やがて「悪」全てが消えてしまうと、光はまたハクレンの手の内へと戻った。
 ハクレンは再び手を合わせ光を収める。この行為は、ハクレンにとっては食事に等しいことである。倒した『悪』の魔力を己がものとする。自分では己を維持する魔力を生成できないハクレンには重要な行為なのだ。なお、今回の「悪」は存在そのものが魔力の塊のため、跡形もなく消えたのであった。

「…………っ」

 その動きは、一瞬の時すら必要としなかった。
 振り返ると同時に地を蹴り、肘打ちの構えを取ろうとして――唐突にハクレンは動きを止めた。
「貴様か」
 ハクレンの唇から言葉が発せられる。その荘厳とも言える響きの声は、可憐な顔立ちには似合わない異質なもののようでありながら、冷然かつ鋭利な眼差しにはこの上もなくふさわしいものであった。
「相変わらずだな、テメェは」
 攻撃されかかったにもかかわらずたいして驚いた様子もなくそう言ったのは、一人の青年だった。名は、KILL。秘密結社ネスツに作られた改造人間であるという。ハクレンが幾つかの戦いを共にしたことのある男だ。時には背を預け合ったこともある。
「私の為すべきこと、在る理由はただ一つ。貴様も知っているはずだ」
 構えを解き、ハクレンは言う。
 まぁな、とKILLは肩を一つすくめた。一から十までとはいかないが、戦いを通して戦法や戦術だけでなく、互いの生き方や目的の幾つかはそれとなく把握している。
「それで」
 一段、声のトーンを落としてハクレンはKILLを見る。呆れの色がその荘厳な響きの声にありありと混じっている。
「なんだその格好は」
「なんだって……なんかおかしいか?」
 KILLは怪訝な顔で自分の格好を見直した。身につけているのはいつもと同じ黒いレザーのスーツに、白いグローブ。それと――
「その袋と帽子だ。貴様、道化にでも宗旨変えしたか」
 どういう訳だかKILLは大きな白い袋を担ぎ、頭には赤い地で先端に白い毛のポンポンと縁飾りのついた帽子をかぶっている。恐ろしいまでに似合っていないが。
「あぁ、これか」
 空いている方の手で、軽くKILLは頬をかいた。おそらく照れ隠しの仕草だろう。この男が今までに見せたことのないこの仕草に、僅かにハクレンは眉根を寄せた。先にはほぼ揶揄のつもりであった「道化に宗旨変え」が存外当たっているのではないかという考えさえ、脳裏を掠めている。
「今日はクリスマスだからな。こん中は食いもんだ。お祭り好きな上に腹ぺこの“きょうだい”がピーピー鳴いて待ってるんでな」
 KILLの言う“きょうだい”とは血の繋がりのあるものではない。KILLと同じ境遇――すなわちネスツに作り出された者達――のことである。KILLは彼らに強い同胞意識を持っており、基本的に彼らの苦境は放っておけないたちなのであった。
 それにしても、とハクレンは思う。
「貴様は“きょうだい”の世話をしていないと死ぬのか」
 もちろん、KILLも“きょうだい”なら彼問わず手を差し伸べるというわけではない。だが、それでも何かの縁でハクレンがKILLと出会った時にはいつも、彼は“きょうだい”の世話をしている。時には命懸けで戦うことさえもある。
「はぁ?」
 さっきよりもKILLは怪訝の色を濃くしてハクレンを見た。
 しかしややあって、フン、と小さく鼻を鳴らして笑った。
「体は死なねえが、心は死ぬな」
 そう言ったKILLの目は笑っていなかった。僅かな影を垣間見せつつ、真っ直ぐにハクレンの赤き目を見つめ返している。
「……なんてな」
 フン、ともう一度、屈託なくKILLは笑い、肩をすくめた。
「性分だ。しょうがねえ」
「そうか」
 一つ、ハクレンは頷く。
 自分から問いを投げておきながら、既に興味なさげな声の響きにKILLは苦笑しつつ一歩ハクレンに歩み寄った。赤い帽子を脱ぎ、無造作にハクレンの頭に乗せる。
「何をする」
「かぶっとけ。今日はクリスマスだ。テメェもちったぁそれらしくしても、バチはあたらねえだろ」
 脱ごうとしたハクレンの手を制するようにかぶらせた帽子の上からぽむぽむと軽く彼女の頭を叩くと、すっと後ろへと下がった。
「メリークリスマス、ってな」
 ハクレンに口を開く間を与えず、くるりと踵を返す。
「そいつでさっきのはチャラにしてやる」
 自分のしたことがツボに入ったか、実に楽しげにニヤリと口元を歪めてKILLは足早に歩み去った。
 残ったのは、実に、実に憮然とした顔のハクレン一人。
「こんな余分なもの……」
 再度帽子を脱ごうとして、ハクレンは手を止めた。
 遠く、この路地裏の向こう、裏通りの更に向こうから、楽しげな街の賑わいが微かに聞こえてくる。
 濃い影を生むものであり、影と表裏一体でもある、欠片でありながらも眩しい光の気配。人の正なる感情、陽の心が織りなすもの。普段はぶっきらぼうな言動の多いKILLでさえ、今日という日の光に中てられたか、どことなく浮かれた様子だった。
 フン、とハクレンは一つ鼻を鳴らした。先のKILLと同じように。
 そして踵を返す。KILLとは真逆、路地裏への奥へと。まだ他にも彼女が滅すべき「悪」はこの地にいるはずだ。
――今日がクリスマスというならば、せめてこの場ぐらい浄化しておくが良かろう。
 胸の内で、ハクレンはそう呟いた。ただ「悪」を滅し、その魔力を食らうためではなく、と。それは創造者に彼女が与えられた「夢を現じ、幸せをもたらす」という目的にも近いと言えなくもないだろう。
 迷い無く、毅然とした少女の歩みに合わせて少女の結った銀雪色の髪が、白いポンポンのついた赤い帽子の先端が、ゆらゆらと揺れる。
 それは、遙か遠くから聞こえてくるクリスマスの音楽に合わせた動きのようにも、見えた。

◇ブリッジ:赤いクッキーをどうぞ
 クリスマスに賑わう街を、白い少女は黙々と歩く。行く当てなど無い。その胸の内には密かな、ささやかな期待があるがそれが儚いものであることを誰よりも彼女が知っている。
 だから、彼女はただ歩く。一人きりでじっとしているより、歩き回っている方が気が紛れると思っていた。実際、じっとしているよりはずいぶんとましだった。しかしだからといって、胸の内の鬱々とした思いが張れるというわけではなく、これから先どうするかが決まるわけでもない。
――……ばか。
 もう何度目か、白い少女は胸の内で呟く。口には出せない、出しても真意はまず伝わらない言葉を。

「ナンダ、白イノジャネーカ。シケタ顔シテンナァ」
 
 耳に響いたのは、白い少女の神経を逆なでする声。明らかに機械的な合成音であるとわかるそれは、その口調はとりあえずできるだけ高い棚の上に置いておくとしても、一応女性――子供のもののようであった。幸いというか不幸にもというか、白い少女はその声の主に心当たりがある。
「貴女には関係ないわ」
 きっ、と白い少女が睨み付けた先にいるのは、やはり少女の姿をしたものだった。白い少女と色こそ違えど似た姿形――長い青紫の髪を鋼色のリボンで飾り、同じく鋼色のコートをまとった――をしているが、その顔は明らかに人に類するものではない。金属の地も露わな古風さを感じさせるデザインのその顔は、メカ、あるいはロボのものであった。
 名は体を表すというがまさにその通りである彼女の名は、ロボレンといった。終戦管理局が展開しているロボシリーズの一体だ。
「ツレナイナァ。セッカク心配シテ声ヲカケテアゲタッテイウノニ」
 それがどう考えても事実ではないと白い少女にわかるのは、ロボレンの声に明らかに小馬鹿にした響きがあるせいだ。無視してしまえばよかった、と後悔してももう遅いことを認識し、白い少女はロボレンを睨み付けたまま口を開く。
「ご心配はありがたく受け取るけれど、構わないで頂戴。私は忙しいの」
「忙シイ? ソウダナァ、今日ハ“くりすます”ダモンネエ?」
「ええそうよ!! だから……」
 笑うロボレンの声は、白い少女には耳障りなものでしかない。カッと昂ぶった感情のまま、荒げた少女の声は――
「“ふらぐくらっしゃー”相手ハ、苦労スルネ」
ロボレンのこの言葉の前に力をあっさりと失った。
「気ニスルコトナイヨ、“ふらぐくらっしゃー”ノ攻略ハ、アノF崎S織並ミノ高難度。くりすますノでーといべんとノ失敗グライナンテコトナイ。マダ伝説ノ木ノ下ノソノ日マデニハ十分ナ時間ガ……ムガッ!?」
 黙り込んでしまった少女に、楽しそうに蕩々と言葉を並べ立てていたロボレンの口を、誰かの手が塞いだ。
「言イスギダ、妹ヨ」
 ロボレンと同系統の、しかし男性の機械合成音が静かに彼女をたしなめる。ロボレンの口を塞いだ手の主でもあるその人物――いやロボは、金の髪で白い騎士服をまとっていた。カイ=キスクをモデルにしたロボット、Kシリーズの最初の一体のロボカイ・オールドである。
「オ、オ兄チャン……」
 さっきまでの意地の悪い態度があっという間にしぼんで、しょんぼりとロボレンはうなだれた。どうやら「兄」――ロボシリーズ達は互いを兄弟姉妹と認識している――には弱いらしい。
「謝ルンダ」
「ハイ……」
 兄であるオールドに諭されるままに、ロボレンは白い少女に頭を下げた。
「ゴメンナサイ。ヒドイコトヲ言イマシタ」
 さっきまでとは口調まで変わっているロボレンに、白い少女は戸惑いつつぎこちなく頷いた。実は72の人格を持つロボレンは、オールドに叱られた瞬間に意地の悪い性格から、おとなしくも優しい性格に切り替わったのである。
「もう、いいわよ……」
 毒気を抜かれて、白い少女は頷いた。叱られ、謝ってくる者をこれ以上責めることはできない。
――それに……
 密かに、少女は重く溜息をつく。悔しくも腹立たしく、少しばかり情けないが、さっきのロボレンの言葉はあながち間違いではないのだ。
「アノ」
 ロボレンの声に白い少女は思いにうっかりふけりかけた意識を引き戻した。
「何?」
「コレ、オ詫ビニ、ドウゾ」
 そういってロボレンが差し出したのは、かわいらしくラッピングされた小さな袋だ。半透明のピンクの袋の中に入っているものは、どうやらクッキーのようである。
 ただし、あり得ないほど、真っ赤な。
――そういえばこの子って甘いものが嫌いで激辛好きだったわね、だからってこんなクッキーあるの!?
 袋越しでもわかる、そのあり得ない、禍々しささえ感じる赤に茫然となった白い少女の手に、ロボレンは袋を握らせる。ハッ、と白い少女が我に返ったときにはもう遅く――
「ゴキゲンヨウ。めりーくりすます」
「良イくりすますヲ」
 オールド共々そう言ってぺこりと頭を下げ、ロボレンは去っていく。
「メリークリスマス……って、これ、どうしろって……」
 どうしろもこうしろも、食べ物なのだから食べろということなのだろう。しかし、どう考えても白い少女にとってはこれは食べ物ではなく劇物、兵器だ。しかし一応食べ物の体裁を最低限のところで整えているだけにみだりに捨てるのも躊躇われる。
 先程の茫然を通り越し、白い少女は今度は途方に暮れた。
「どうしたんだい、お嬢ちゃん?」
 そんな少女に、ライトブラウンのフライトジャケットを着た金髪の男が声をかけた――

◆白と赤と緑と
 コンロにかけられた大鍋とミルクパンではことこととシチューが煮込まれている。もうしばらくしたら火を止めて休ませる。そうすれば夕食時には味は深みを増すだろう。
「ミルクパンのは君用に玉ねぎを抜いてあるから、安心して食べられるぜ」
 そんな少年の心遣いが少女には嬉しい。
 付け合わせにする野菜はきれいに飾り切りにされ、後は夕食直前に蒸し上げればいい。温野菜を用意するのも、まだまだ野菜が苦手な少女が少しでも食べやすいように、という配慮によるものだ。
 少年の父親から送られてきたロースト・ビーフは既に薄く切って皿に盛り、あとはドレッシングであえるだけのサラダと共に冷蔵庫に入れてある。
 そして――
「よし、これで夕食の仕込みは終わりっと」
 完璧に下ごしらえした七面鳥を収めたオーブンの蓋を閉め、少年は今日頑張って手伝ってくれた少女に向けて言う。
「夕食の時間ぴったりに焼き上がるからな」
「うん」
 こっくりと少女は頷く。
 金髪に赤い目の少年の名はロック・ハワード。料理していたため、今は白いエプロンを着けている。
 やわらかな雪の白の髪に草原の緑のリボンをつけた若草の色の目の少女の名はルゥ。ルゥも普段着ているリボンと同じ色のコートを今は脱ぎ、濃い灰色のワンピースの上からピンク色のエプロンを着けていた。
 今日は二人で朝からずっとクリスマスの夕食の準備にかかりきりだ。クリスマスを始めて人の暮らしの中で過ごすルゥのために、とロックが張り切ってくれたのだ。
 ロックの(一応の)保護者であるテリー・ボガードがここへ連れてきたからとはいえ、ロックにとってはルゥは突然増えた同居人だというのにあたたかく迎え入れてくれた上に、こうして自分のために色々してくれることがルゥには嬉しい。
――テリーの周りの人は、あったかい。きっと、テリーが優しいから。
 今までテリーを介して出会った人間達を思い返し――中には善人とは言えない者や、変わった人物もいたが――ルゥはそう思う。そんなテリーに助けてもらえた自分は幸せだとも。
 ルゥは人の姿をしているが、狼――白狼の性も持つ少女であった。人の姿を取ることは昔からできたが、狼としての暮らしをずっと送ってきた。しかしとある理由でひどい傷を負ったところを、たまたま通りがかった――気ままな旅の途中だったらしい――テリーに助けてもらったのだ。以来、テリーへの恩を返すため、何より太陽のような人柄のテリーを慕ってルゥは人の姿を取って街の、人の暮らしへと足を踏み入れたのだ。その際、頼るものなど街には当然いないルゥにまた手を差し伸べてくれたのも、テリーであった。
「さーて、次はっと」
 てきぱきとここまでで使った調理器具をロックは片付けていく。ルゥもできる範囲で手伝う。まだ準備が全部終わったわけではない。ルゥからすればこれからが本番なのだ。
「ルゥ、冷蔵庫から生クリームとイチゴ出してくれ」
 そう言ったロックは、今日買ってきて棚にしまってあったスポンジケーキを取り出した。
 これからクリスマスケーキのデコレートをするのだ。最近ケーキの味を知っていたく感動し、気に入ったルゥが、クリスマスの夕食をロックが作ると知ったときに「ケーキも作ってみたい」と希望したのである。
 しかしロックは料理は得意ではあるが、菓子作りはあまりしたことがないという。また、クリスマスの夕食はいつものものより量も多く手間もかかるため、ロックはケーキ作りにまでは手は掛けられない。かといってルゥは一人で作るまだ無理で、ついでに言うとテリーは菓子作りどころか料理にはまず役に立たない。
 その結果、ロックが選んだのが「ベースとなるスポンジケーキは買ってきて、デコレートだけやろう」ということであった。これなら時間も手間もかからないし、ケーキを作った達成感を多少は得られるだろうからと。
 スポンジケーキを横二つに切る。生クリームを泡立て、イチゴの内三分の一をスライスする。二つに切ったケーキの断面に生クリームを薄く塗り、スライスしたイチゴを並べてから重ねる。ケーキの側面と上面にも生クリームを塗っていく――
 料理作りとはまた違う作業は、慣れないルゥにとってはまだまだ大変だ。それでもルゥの心は気持ち良く高揚していた。
――いちからケーキ作れないのは残念だけど、でも、楽しいな。
 ロックに説明してもらいながら、慎重に慎重に、真っ白になったケーキの上に飾りの生クリームを絞り出していきながら、ルゥはそう思っていた。
 ケーキのデコレートだけではない。料理とか、前に挑戦してみた裁縫――残念ながら、こちらは壊滅的に失敗したのだが――とか、「何かを作る」ということはルゥにはとても楽しい。白狼として暮らしていた時には、「何かを作る」ことなどしたことがなかった。きっとあの森で暮らしていれば、今も知らないままだったろう。こういった体験ができ、経験を積めたことでも、ルゥは街に出て良かったと思える。
「……できた」
 飾りの仕上げ、イチゴを思うままにケーキの上に並べ終え、ルゥは呟いた。ルゥとしては会心のできである。それでも、他人――「人間」の目からはどう見えるだろうかとルゥはロックをちらりと見上げる。
「うん、きれいにできてる。ルゥってセンスいいんじゃないか?」
 にこっと笑んで――ロックは女性が苦手だというが、ルゥの外見が幼いことや家族も同然のつきあいのせいか、ルゥとは気さくに話してくれる――ロックは大きく頷いた。
「そう……ありがと」
 ぽそりとルゥは言った。人間の言葉で気持ちを表すのに慣れていないせいで口調は素っ気ないが、嬉しくてたまらない。それをちゃんと見抜いているのだろう、ロックはうんうん、と重ねて頷いてみせる。
「テリーにも見せないとな……って、テリー、遅いな……」
 壁の時計を振り返って、ロックは眉を寄せた。
 夕食用のパンが足りないので、暇なテリーに買い物を頼んだのが小一時間ほど前なのだが、遅い。クリスマスだからパン屋も少々混んでいるかもしれないが、それにしても遅い。
「なにか、あったのかな」
 不安な思いでルゥは問うた。街の生活にまだ慣れないのもあってテリーの身に何が起きたか推測もできず心配になってくる。そうでなくともこの街ではトラブルが絶えない。テリーほどの腕があればまず心配はないはずだが、街であっても森であっても万が一ということはあるのだ。
 一方のロックは慣れたもので、さして心配した風でもない。
「きっと子供達とバスケでもやって遊んでるか、ストリートファイトに首突っ込んだか……。何にしろ、大丈夫さ」
 ルゥの肩に手を置いて、そうロックが言ったのと同時だった。
「ただいま、お、いいにおいだな」
 のんきな明るい声が玄関からしたのは。
 ややあって、パンの袋を抱えたテリーがキッチンに入ってくる。
「おかえりなさい」
「おかえり、テリー」
 な、とルゥに頷いて見せてから、ロックは厳しい目をテリーに向けた。
「遅かったじゃないか」
「悪い悪い。ちょっと劇物と戦っててな……」
 パンの袋をテーブルに置いたテリーの目は、どこか遠くを見ている。
「劇物?」
「あぁ。ロック、ルゥ、いいか、赤いクッキーには気をつけろ。あれは、食べ物じゃない。もっとおぞましい何かだ」
「うん……」
 意味不明ながらもテリーからの教えなので、こくんとルゥは頷いた。
「まあ、それは置いといて、だ。ロック、ルゥ」
 テリーはロックに何やら投げ渡し、ルゥには手を差し出した。その手には、どこから現れたのか緑のリボンが結ばれた紙包みが一つ。どうやらパンの袋で隠して持っていたらしい。
「メリークリスマス。クリスマスプレゼントだ」
 軽く一つウィンクを二人に投げ、テリーは言った。
「あ、あぁ、サンキュ」
「ありがとう……」
 唐突なプレゼントに驚きながらもロックとルゥは礼の言葉を口にする。
――遅かったのって、これを買ってきたから、なのかな?
「開けてみろよ」
 そう言うテリーの顔はわくわく、とした思いが一杯にあふれている。ひょっとしたら自分達よりもこのプレゼントが楽しみなのかもしれない、と思いながらルゥはリボンを解いた。中に入っていたのは、
「……えっと……マフ、ラー?」
知識を探り、それが何かをルゥは認識した。この、赤くてあたたかそうな四角くて長い布地は間違いなくマフラーだ。確か首に巻く着衣の一種のはずである。
「そうだ。冬だからな、そういうのつけてる方があったかくっていいだろ?」
「うん……」
 きゅ、とマフラーを胸元で抱きしめてルゥは頷いた。白狼の姿ならかなりの寒さも耐えられるが、人の姿を取るとこの時期は少し寒いのが辛くなる。だからあたたかいものは嬉しい。テリーが贈ってくれたものなのだから何であっても嬉しいことには違いないのだが、テリーが自分のことを考えて選んでくれたものなのだから更に嬉しい。
 またこの色がいい。かつて『伝説の狼』が身につけていたのと同じ赤――写真で若い頃のテリーの姿を見て、ルゥはその色を覚えた――を身につけられる。それが、ルゥには嬉しい。
「ありがとう、テリー。大事にする」
「気に入ってくれたみたいだな」
 微笑んだルゥに、テリーの顔にも嬉しそうな笑みが浮かぶ。もういい年だというのに、テリー・ボガードという男はこんな時は少年のような顔をする。
 そんなテリーの顔が、ルゥは好きだった。
「白い髪に、緑の目に、赤いマフラー。ははっ、クリスマスカラーだな」
 脳天気なその言葉には、きょとんと瞬きをするだけであったが。

◇ブリッジ:風柳堂奇譚〜番外・青い鳥〜
 とあるMUGEN界のとある街のとある通り。その一角にその店「骨董店 風柳堂」はあった。
 店主は緩やかに編んだ灰白色の髪をその眼と同じ紫のリボンで飾り、赤いコートに身を包んだ見た目は十歳ほどの少女。しかしその見た目に似合わぬ、気怠げで超然とした雰囲気を宿している。名は、煉といった。
 まとう雰囲気はさておき、こんな少女に店主が務まるとも思えないところであるのが、MUGEN界では別段珍しいことでもないので誰も気にしない。
 というわけで今日も今日とて煉は店の奥で煙草を――今日はパイプだった――くゆらせながらのんびりとした午後を過ごしている。骨董店は暇なもの、商品の買い付けに出ているとき以外は、いつもこんな感じで時は過ぎていく。
 例え、クリスマスであってもそうである。それが破られるとすれば――

「よう、メリークリスマ……あん?」
 カランカラン、と下駄を鳴らし、カランカランとドアベルを鳴らしてドアを開いた街の便利屋、天野漂が、骨董店「風柳堂」に入ろうとしたところで足を止めたのを煉は店の奥の自分の席から見た。
 足を止めた理由は明白だ。丁度ドアを挟んで漂を見上げている青銀の髪を黒いリボンで飾り、黒いコートを纏った赤い目の少女。彼女が店から出ようとした瞬間に漂がドアを開けたため、妙に見つめ合う形になってしまったのだろう。
――まあ、声をかけるほどでもないか。
 パイプをくゆらせながら煉は思う。漂は当惑しているようだが――彼女が煉にあまりにも似ているからだろう――ただすれ違えばいいだけだと双方が気づくまでに時間はかかるまい。
 その煉の見立ては正しく、ややあって少女がぺこり、と漂に向かって頭を一つ下げ、急ぎ足に店を出て行った。そこを見計らい、煉は漂に声をかける。
「何の用かい、漂。まさかクリスマスに借金の話ではないだろうね?」
「まさか。クリスマスに似合いの酒を見つけたんで、一杯どうかと思ったんだよ」
 メリークリスマス、と改めて声をかけつつ漂は店の奥へと足を進めた。
「ほう、それはありがたいね」
 メリークリスマスと返して煉は笑んだ。漂の選ぶ酒に外れはない。今回も間違いなく煉の好みも押さえた美味い酒を選んでいることだろう。
「いらっしゃいませ、漂しゃま」
「シャンハーイ」
 風柳堂住み込みの店員、いぬさくやと上海も店の奥から姿を現して漂を出迎える。
「おう、いぬさくやちゃん、上海、メリークリスマス」
「メリークリスマスでしゅ」
「メリークリスマスダヨー」
 応えながら、二人は漂の椅子を引っ張り出した。そこに座り、手に下げてきた風呂敷包み――酒瓶を風呂敷で包んでくる辺り、さすが幕末の世の出身である――をいぬさくやに預けるやいな、「なあ」、と漂は口を開いた。
 何を漂が言おうと、いや尋ねようとしているかを察しながら、煉はぷかりと煙を吐いて言葉を待つ。急ぐ必要はどこにもない。
「あの子、しょんぼりしてたが何かあったのか?」
「……おや」
 いささか予想が外れ、思わず煉は声を洩らす。てっきり彼女と自分があまりにも似ていることを聞いてくるのかと思っていたのである。
――いや、相手がいくつであろうとまずは女性の心情に気を向けるのが漂だったね。
 自分の反応に首を捻った漂に、いいや、と首を振ってみせると煉は一つパイプを吸った。ゆるりと煙を楽しんでから大気へと解放し、口を開く。
「漂、君は「青い鳥」の話を知っているかね?」
「あぁ、幸せは結局は自分の傍にあるって話だろ?」
「そうだ。つまり、彼女もそういうことなのだよ」
 笑みを含んでまた煉はパイプを咥えた。その口元に浮かぶのは、彼女には珍しいいたずらな笑み。
「……煉ちゃん、何をやった?」
 勘良く何やら察したらしい漂が、苦笑と共に問う。
「何、クリスマスにはサプライズの一つもあった方がいいだろう?」
 ふうっ、と白い煙を天井へと吹く。ゆらと流れた煙は一瞬白い鳥の形を取ったかのように見えたが、すぐに薄れて消えてしまう。
「意地悪だねえ」
「知らなかったのかい?」
「いや、身にしみて知ってるさ」
 ククッ、と笑って漂は答えた。

◆曖昧で、でも何より確かで
 天を覆う雲の厚さはいよいよ増し、雪が降る気配は濃くなってくる。
 実際の気温の変動はそれほどではないのだが、雲の厚さに日の光がより薄くなると寒さが増したような錯覚を覚える。だが人々はクリスマスの賑わいに浮かれ、寒さを意識しているものはそれほどいない。むしろ早く雪よ触れ、といった無言の期待感が膨れあがっていく。
 そんな中、
「雪なんか、降らなければいいのに」
天を仰ぎ、白銀の髪に白い服をまとった少女――白レンはいまいましげに呟いた。
――ただでさえ楽しい気分の連中は、これ以上楽しい気分になんかならなくっていいのよ。
 眉をひそめて、浮かれた街を白レンは見渡す。
 クリスマス、この日は聖人だか神の子だかの誕生日だというのに、今やそれをだしに騒ぐ日でしかない。騒ぐだけならまだ良い。神の子様の誕生日を祝うということにならなくもない。しかし「誰かといっしょ」であることを強制してくる雰囲気は何なのだ。騒ぐだけなら、楽しむだけなら、一人でもいいではないか。何故、「誰かと」いっしょでなければ――
「あぁ、もう!」
 だん、と白レンは足を踏みならした。街行く者の何人かがちらりと視線を向けたが、それだけだ。ほとんどの者は白レンの様子など気にした風無く、それぞれの楽しい気分に存分にひたっている。
――あぁ、もう!
 だん、ともう一度白レンは足を踏みならす。ここまで抱え込んできた、我慢してきたものを吐き出すように。
――どうしてなのよ!
 それでも叫び出さないのは、白レンの矜持が最後の一線を抑え込んでいるからだ。
――K´の奴、どうして、今日に限って、仕事だなんて!
 そう。
 白レンの今日の不機嫌の原因は、そこであった。
 今日はクリスマス。「誰かと」いっしょに過ごす日。それは、人が一人ではないことを確かめる日。家族、友人、仲間、恋人、誰でもいい、誰か、自分の大切な者達と過ごすことで人が一人ではないこと、その絆、ぬくもりを分かち合い、確かめ合う日だ。
 白レンはその「誰か」にマスター(操り人形)でありパートナーであるK´を望んだ。
 しかしぶっきらぼうで人付き合いが悪く、常時ツンのフラグクラッシャーのK´である。どうせ何かに誘ってものりはしないだろう。が、家に押しかけていって強引に隣に居座る分には、さほどの抵抗はない。加減を見誤ると追い出されるが、ほどほどのごり押しなら何とか押し通せる。K´の家にはクーラやウィップもいるので二人きりは望めないし、仮に――多分おそらく主にウィップが――気を効かせてくれて二人きりになれたとしても甘い雰囲気とか、和やかな雰囲気とかにはほど遠いかもしれないが、まあ、それはそれで悪くはない。悪くはないと白レンは考えている。カニ鍋の用意もしてあるから、食べ物で釣ることもできるだろう。
 そう、白レンはそこまで考えていた、のである。K´のあの性格を考えて作戦を練り、色々妥協して、いっしょに過ごす、その一点を楽しみにしていたのだ。
 それなのに、K´は仕事なのであった。ハイデルン傭兵部隊からの要請だという。基本的に無職のK´ではあるが、たまに傭兵部隊の仕事を請け負うことがあるのだ。人に使われることを嫌うK´ではあるが、義理やら何やらがあるせいで断り切れないらしい。
 そのことをK´の家でクーラに聞かされた時の白レンの落胆は大きかった。「一緒にご飯食べない?」と誘ってくれたクーラに返事もせずに立ち去ってしまったほどに。
 それから、行く当ても用もない白レンは鬱々とした思いと寂しさを抱えたままただただ街を彷徨った。しかしそんなことをしていても何にもならないことは誰よりも白レン自身が知っている。
――もう、帰っちゃおうかな……
 帰っても、一人だ。だが家に帰れば一人で鍋もできる。バスケットの中身を無駄にするのはもったいない。ふて寝だってできる。それにハイデルン傭兵部隊に贈る素敵な悪夢を検討することだって、暖かい部屋でやる方がはかどるに違いない。
――そうね……そうしましょ。
 幼い姿形には合わないいささか剣呑な笑みを口の端に浮かべ――それは、寂しさの裏返しなのだが――再び白レンは歩き出そうとし――踏み出しかけた足を止めた。
 赤い目が、大きく見開かれる。
 その視線の先、車道を挟んだ道の向こうに、白い髪に浅黒い肌の黒いレザースーツを着た青年の姿がある。右手には、赤いグローブ。似た容姿の人物が何人もいるのがこのMUGEN界であるが、白レンが彼を見間違えるはずがない。
「ケイ、ダッシュ……」
 呆然と呟いた次の瞬間には、白レンの足は動いていた。駆け出しはしない。駆け出したりしたら、白レンがK´にものすごく会いたかったということになってしまう。そんなことを露わにしてしまうのは、白レンにはできなかった。
 あくまでもなんでもない風で、知り合いを見かけたから声をかけるつもりで歩み寄っているのよ、そんな体を装い、白レンは近くの横断歩道を渡る。どういう訳だかK´は突っ立ったまま動かない。
「K´、こんなところでどうしたの? 仕事じゃなかったのかしら」
 冷静に品良く、白レンはK´に声をかけた。頬がほんのり熱いのは寒いからなのである。
「おっさんどもがやけに張り切ってたんでもう終わった」
 ちらりと視線を白レンに投げ、一つ肩をすくめてK´は答える。自分が行く必要など無かったんじゃないか、とK´が思っているのが白レンにはその表情から読み取れる。
――まったくだわ。
 それでも白レンはハイデルン傭兵部隊へ悪夢を贈ることは中止にしてあげることにした。
「それで、これから帰るところかしら?」
「……まあな」
 いいながらK´は歩き出す。ポケットに手を突っ込み、軽く背を丸めたいつもの姿勢で。
「そ」
 当然のように白レンはその後を追う。
「……フン」
 肩越しに白レンを振り返ったK´は、ただ一つ鼻を鳴らしただけだった。すぐに前を見て、歩き続ける。白レンが追いついて並ぶには、少し速い。
「ちょっと、もう少しゆっくり歩きなさいよ」
 小走りに、バスケットを持ち直して白レンはK´の後を追う。
 K´の家に行ったら、鍋の準備をしようと思いながら。K´と、クーラと、あと多分ウィップも。マキシマは自分のケーキ店で忙しくしているだろうから帰りは遅いに違いない。とりあえずは四人で囲む鍋はきっと温かくおいしいに違いない。二人きりでないのは残念だが、まあ、我慢はできる。
――ジャーキーは必要かしら。K´はビール飲むだろうし……
 それからクーラにはデザートにアイスクリームがいるだろう。少し買い出しが必要になるかもしれない。
 そんな風に思考を巡らせる白レンは気づいていない。前を行くK´の歩く速さが落ちることはないが、それ以上速くなることもないことを。
 
 気づいていない、いや、白レンが気づくよしもないことはもう一つ。
 
 K´が、特に荷物を持っていないことだ。たいがい軽装のK´ではあるが、さすがに仕事の時はいくらかの手荷物はある。傭兵部隊から貸し与えられている備品などだ。マキシマといっしょならマキシマに全部持たせるのだが、今回の仕事はK´一人であった。
 が、今は何も持っていない。
 つまりK´は一度家に帰っているのである。一度家に帰り、また、街に出た。
 何の為に?
 その問いそのものも答えも、K´自身の胸に秘められている。
 白レンはK´が家に一度戻ったことを知らない。故に何の為に再び街に出たかなど疑問に思うことすらない。
 ただ、前を行く青年の背を少女は追う。
 今日という日が楽しいものになることを無邪気に信じ、
――雪、降らないかしら。
空を見上げてそう、思いながら。

◇ブリッジ:黒と白の少女は再びすれ違う
 りん、りりんと鈴を鳴らして大きなバスケットを手に白レンはK´の後を追う。自分の歩みに合わせもせず、振り返りもしないK´の背に非難の声を時折浴びせるが、そうしつつも嬉しそうな色が隠し切れていない。
「…………」
 黒い少女はその様を足を止めて見つめていた。
 微笑んだその口元が、声を発せずとも「よかったね」、という思いを表している。
 しかし、少女の表情には憂いの色もある。白レンに対してではない。

『あぁ、白い石の方かい? あれは午前中に売れてしまったよ』
『前からつきあいのある客でね、どうしてもと強く言われてしまってね……』
『君が両方気にしていたのは知っていたのだが、すまない』

 「風柳堂」での会話を思い返しながら、肩に提げたポシェットに目を向けた少女は、溜息を一つ。
 行きよりもそれは膨らんではいるが、少女の憂いの種はそこらしい。
 はぁ、ともう一つ溜息をつくと、少女は気分を切り替えようとふるふると首を振った。
 そして、早足に歩き出す。
 ちりん、と響いた鈴の音は、どこか元気がないようだった。

◆賢者の贈り物
「おかえり、レン」
 彼女の家、彼女の帰る場所に戻った黒い少女――レンをいつものように出迎えたのは、この屋敷と彼女の主でありパートナーである朱雀の守護神、嘉神慎之介だ。
「――――」
「レン?」
 いつも通りの「ただいま」の挨拶をレンはしたつもりだったのだが、嘉神にはそうは見えなかったらしい。怪訝とまではいかないが、どうかしたのか、と問う色が声にも顔にも僅かに表れていた。
「…………」
 僅かに目を伏せ、しかしすぐに視線を嘉神へ戻すとレンは首を振った。
 なんでも、ないのだ。少なくとも嘉神に話すようなことではない。ほんのちょっとレンの期待が外れて、ほんのちょっとがっかりしているだけなのである。それに今日一番したかったことの準備はできている。気落ちすることなんてないのだ。
 だから、大丈夫、その意志を込めてレンは嘉神の手を取った。
「ふむ……」
 完全に納得したわけではなさそうだったが、嘉神は追求はしようとはしなかった。レンに手を取らせたまま歩き出す。嘉神の手は、寒い外で冷えたレンにはとてもあたたかく感じられた。
 レンの体が冷えていることは嘉神も感じたのだろう。
「時間も良いことだし、茶にしようか」
 居間のドアを開けながら、嘉神はそう言った。
 ぱちぱちと火にくべられた薪のはぜる音がする暖炉の前のラグにレンを座らせると、待っていろと言い残して嘉神は居間を出ていった。式神の使用人に任せるのではなく、自ら用意をするつもりのようだ。
「…………」
 暖炉の火の熱で、じんわりと体が温まっていくのを感じながらレンはポシェットを外した。膝の上に置いて中に収めていたものを取り出す。
 セピア色の包み紙に赤いリボンをかけた、レンの手に収まるぐらいの小さなプレゼントの箱。二月前からお金を貯めて、やっと今日手に入れたもの――の、半分。
 音もない微かな溜息をレンはついた。何度言い聞かせても、思い描いて期待した楽しいクリスマスの図が完成しないのが残念であることは否定できない。
――大丈夫。
 もう一度、レンは自分に言い聞かせる。残念な気持ちはきっと、このプレゼントを受け取った嘉神を見れば霧散してしまうことを彼女はちゃんとわかっている。
 だから、大丈夫、レンがしっかりと自分にそう言い聞かせたのと丁度同じタイミングでドアが開いた。ティーポットにカップ、菓子を乗せたティーカートを押して嘉神が入ってくる。急いでレンはスカートの下にプレゼントを隠した。渡すのはお茶が終わって落ち着いてからにした方がいいだろう。
 レンの傍でカートを止めると、嘉神はお茶の用意の締めに取りかかった。
「今日は寒かったからな。ロイヤルミルクティにした」
 嘉神がポットから紅茶をカップに注ぐと、ふわりと紅茶の香が部屋に広がる。ミルクティのせいか、香りはやわらかで僅かに甘い。
 紅茶を注いだカップと菓子の皿を銀のトレイに乗せ、嘉神はレンの傍らに腰を下ろした。
「これはシュトーレンという、ドイツのクリスマスの菓子パンだそうだ」
 シュトーレンはドライフルーツやナッツを練り込んで焼いたパンに、たっぷりと粉砂糖をまぶした菓子である。嘉神はパティスリー・マキシマのアリスに勧められたのだという。
「本来は早い時期に作ってな、クリスマスまで少しずつ食べて味が馴染んで変化するのを楽しみながら、クリスマスの到来を待つものなのだそうだ。
 パティスリー・マキシマでは早めに作って寝かせておいたものを売ることにしていると言っていたな」
 嘉神が話すのを聞きながら、レンは一口シュトーレンを口にする。洋酒を使ったふくよかな味が、粉砂糖の甘みと共に口に広がる。ナッツの香ばしさもアクセントとなって、おいしい。
 嘉神の青い目が優しい光と満足の色をたたえ、僅かに細められた。レンがシュトーレンをおいしいと感じたのが嬉しいのだろう。
 レンは視線を落とした。嘉神には死角の位置の、スカートが小さく膨らんでいるそこを見る。この箱を開けた嘉神がどんな顔をするのか、微笑むだろうか、照れくさそうにそっぽを向くだろうか。想像するだけでもレンの胸はわくわくとした気分に高鳴る。
 それを精一杯顔に出さないように、いつも通りの表情の薄い顔を何とか保って、ぱくりともう一口レンはシュトーレンを口にする。
 レンのその様子を嘉神はシュトーレンをよほど気に入ったと思いでもしたのか、
「……ふむ」
一つ頷いて、紅茶のカップに口をつけた。

 シュトーレンもなくなり、嘉神がポットの最後の紅茶を二人のカップに注ぐのを見計らって、レンはスカートの下からプレゼントを取り出した。
 プレゼントを手にした左手を背に回し、カップを置いた嘉神の袖を右手で引く。
 嘉神が視線を向けると同時に、レンは左手を嘉神の前に突き出した。
「…………っ」
 しかし、目を見開いたのはレンの方だった。
 突き出したレンの手の真横に、嘉神の手がある。その手の上には、セピア色の包み紙に包まれ、白いリボンを結ばれたプレゼントの箱がある。
 いつ取り出していつ手を伸ばしたのか、魔法のように嘉神はレンと全く同じタイミングでプレゼントを出していたのだ。
「メリークリスマス、レン」
 楽しげな声の響きに、レンは自分がプレゼントを隠していたことも、渡そうと取り出したのも、全て嘉神にはお見通しだったことを知った。
「…………」
「そんな顔をするな、こういうのは、いっしょに出した方がいいだろう?」
 なんだか悔しくて小さく頬を膨らませるレンにクックッと嘉神は喉を鳴らした。
「ありがたくいただこう」
 レンの手の赤いリボンのプレゼントを、嘉神は受け取る。
 レンも、嘉神の手の白いリボンのプレゼントを受け取った。悔しい気はするが、ちゃんと嘉神もプレゼントを用意してくれていたことが嬉しくないはずがない。なので膨れていた頬も、もう既に元通りになっていた。
「…………」
 白いリボンをそっと、レンは解く。解きながら嘉神が赤いリボンを解くのも見る。嘉神が何をくれたかを今すぐ見たい。しかし嘉神が自分のプレゼントを目にするところも見逃したくない。自分のプレゼントと嘉神がプレゼントを開ける様との間をレンの視線は往復し、自然その手の動きは遅くなる。
 その間に、嘉神は先にプレゼントの箱を開けた。
「ほう」
 感嘆の声がその唇から洩れる。喜びと先とは異なる満足の色を宿した嘉神の目が細まる。
「これはいいブローチだな」
 箱の中から嘉神が取り出したそれは、銀のフレームに大きな黒曜石をはめ込んだブローチだった。二月前に骨董店「風柳堂」で一目見た瞬間にレンが気に入り、嘉神に贈りたいと思ったものだ。嘉神のタイにつければ間違いなく、きっとよく似合うと何度も思い描いたものであった。
 それをレンが伝えるより早く、嘉神はタイにブローチをつけた。当たり前のようにつけられたブローチは、そこにずっと前からつけられていたかのようにしっくりと収まる。レンが思い描いてきた様、そのままに。
「どうだ?」
 笑みを口の端に宿し、問う嘉神に、レンはうんうんと何度も何度も頷いた。ブローチはとても嘉神に似合っているし、嘉神は喜んでくれている。これ以上ない完璧な結果だ。
 満足しきったレンは、ブローチをつけた嘉神をほれぼれと見つめる。
「レン、私のプレゼントは見てくれないのか?」
「!」
 笑いをかみ殺し、しかしあまりにレンがまじまじと見つめているせいか頬に薄く朱を宿した嘉神が問うてようやくレンは自分の手の、開けられるのを待っているプレゼントを思い出した。
 慌てて包み紙を取り、箱の蓋を開け――
「あ」と。
 思わず、レンは声を洩らしていた。
 箱の中にあったのは、銀のフレームに大きな月長石をはめ込んだブローチ。嘉神のブローチと石の種類以外はそっくり同じの、対になるそれは、今日売れてしまったと骨董店の主、煉に言われたもの。
 え、え、とレンはブローチを見て、嘉神を見る。黒曜石のブローチは嘉神に、月長石のブローチは自分に。そうしたくてレンは両方買おうと思い、しかし叶わなくなったはずのそれがここにあるのが不思議でたまらない。いや、理由はわかってはいるのだ。煉がこのブローチを売った相手は嘉神だった、それだけの話なのだから。しかし一度諦めた望みが叶った嬉しさに一杯に満たされたレンの心は、冷静にものを考えられなくなっている。
 そんなレンに、嘉神は箱の中のブローチを取り、レンの胸元につけてやった。黒いコートに、青白い月長石のブローチはしっくりと収まる。
「…………」
 熱を含んだ目で、レンは嘉神を見上げた。
「メリークリスマス、レン」
 嘉神が優しく自分の髪を撫で、もう一度囁くのをレンは夢魔でありながら夢を見る思いで、聞いた。

◇ポストリュード
 とうとう、あるいはようやく、雪は降り始めた。
 灰色の空から舞い降りてきたとは思えないほど白い、真白い小さな欠片は無数に、間断なく、やわらかく舞い降りる。
 それを――

 仕事を終えたゼルニースは赤い飛行機の傍らに舞い降りながら――

 ハクレンは「悪」を貫き滅していく氷刃の森の中で――

 ロボレンは兄弟達と買い物をしていた街で――

 緑のコートと赤いマフラーを身につけたルゥは表に出て――

 酒を楽しんでいた煉はふと店の外に目を向け――

 カニ鍋の準備をしていた白レンはその気配を感じて――

 レンは胸に飾った月長石のブローチに触れて微笑んで――

見た。
 そして少女達は皆、囁いた。静かに街を、世界を白く染め上げていく雪を見つめ、誰かに向けて、そっと、優しく。

――メリークリスマス――と。
 

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