風柳堂奇譚
〜少女の巻〜
とあるMUGEN界のとある街のとある通り。その一角にその店「骨董店 風柳堂」はあった。
店主は一見したところ十歳ほどの少女。名は、煉。
こんな少女に店主が務まるとも思えないところであるのが、MUGEN界では別段珍しいことでもないので誰も気にしない。
というわけで今日も今日とて煉は店番をしている。店の奥でお気に入りの煙草「インフィニティ」をくゆらせながらののんびりとした午後だ。骨董店は暇なもの、商品の買い付けに出ているとき以外は、いつもこんな感じで時は過ぎていく――はずだった。
「よぉ〜煉ちゃん、邪魔するぜ」
カランカランと入り口のベルがドアが開かれるのに合わせて鳴るのと同時に、カランカランと下駄を鳴らして一人の男が顔を出す。
桜色の着流し姿の、木刀と徳利を携えた男。この辺りで便利屋をしている天野漂だ。
「悪ぃがちっと金貸してくれ」
「いきなり金を貸せとは困った人だね」
突然の申し出にも動じた様子もなく、煉は煙草の灰を灰皿に落とす
「頼むよ、ツケの期限が今夜なんだ。頼めるのは煉ちゃんだけ。後生だ、このとーり!」
ぱん、と手を合わせて拝む漂に、煉は一つ肩をすくめた。
「私は金は貸さない主義だって、漂は知ってるだろう?」
「そこをなんとかっ、なんでもするからよ」
「じゃあいますぐ」
「とっととけえれってのはなしで」
「やれやれ……」
煉が溜息をついた丁度その時、カランカランと乱暴なベルの音と共に、血相を変えた男が店に飛び込んできた。
「煉、頼む、力を貸してくれ! 君の力が必要なんだ!」
「おや、教授。どうした……ちょっと顔が近いよ」
煉に食ってかからんばかりの勢いの教授――ネロ・カオスの顔を煉はやんわりと片手で押し返す。
「あぁ、すまん、いや、娘が、観鈴が!」
詫びつつも、まるで落ち着いた風もなくカオスはまくし立てる。
「教授、落ち着いて。
漂、そこの椅子を取ってくれ。ほら教授、座って。最初から話してくれないか」
「わかった……」
椅子に腰を下ろしたカオスは青い顔で話し始めた。
要約するとこうである。
一月ほど前、まじかる☆あんばーという魔女が、全くの気まぐれでカオス最愛の娘、観鈴を何らかの品物に変えたらしい。
怒りのカオスはとりあえずあんばーをボコったが、その時には既に観鈴が変えられたものは手違いであんばーの小遣い稼ぎに売りに出されてしまったのだという。
八方手を尽くし、それがここ風柳堂にあるらしいことをカオスは突き止め、そして来店したのである。
「あの魔女めの言うことには、今日中に元に戻さないと観鈴は未来永劫人に戻れないのだ!」
ああ観鈴、こうなったらお父さんも人間やめる鹿! と頭を抱えるカオスをどうどうと漂がなだめる。
「なるほど、で、娘さんは何に変えられたのかな?」
「それがわからんのだ」
「わからない?」
「ボコった時に魔女の記憶が少々飛んだようでな」
ああ観鈴、お父さん一生の不覚だ許してくれ! と再び頭を抱えるカオスをまた漂がなだめる。
「つまり、娘さんを見つけて元の姿に戻せば良いんだね?」
「できるのか?」
「100%の保証はない。それでもいいかい?
それに失敗しても報酬はもらうよ」
「……たとえそうでも、私は君に頼むしかない」
重い口調だったが、カオスは頷いた。
「わかった。やれるだけのことはやってみよう」
「すまん、感謝……」
「それはうまくいってから聞かせてもらうよ。今から言われたんじゃ、失敗できなくなってしまう」
「……では、頼む」
深々と頭を下げるカオスに煉は苦笑しながら煙草の火を消した。
「さて、まずはここ一ヶ月に買い付けたものの確認だな。
ここにリストがあるから、教授、店の中から集めてそこへ並べてくれ。私は漂と倉庫を見てくるよ」
「承知した」
頷いてリストを受け取ったカオスは、さっそく店内を見て回りはじめる。
「俺も手伝うのか?」
「報酬は出す。金は貸さないが便利屋を雇うのは構わない」
「へへっ、そういうことなら喜んで」
にやっと笑って漂は、先に行く煉を追いかけて倉庫へと向かった。
「それにしても、あの教授があそこまで取り乱すとはね……」
「知り合いかい?」
「教授の研究に必要なものを、うちが仲介していてね。良いお得意さんだよ」
だからうまく助けてあげたいけどね、と言いながら煉はリストを片手に倉庫の骨董品をチェックしていていく。リストの品を見つけると、漂がそれを持って店の方に持っていくという手はずだ。
作業すること小一時間――
「よし、倉庫の分はこれで全部だ。教授の方ももう終わるだろう」
「……そういや、売れちまったものはないのか? もしかしたら……」
「あぁ、それはない。ここ一ヶ月売り上げは0だから」
「大丈夫かこの店……」
「だからこういうこともやっている。
骨董店なんかやっていると、曰く有りの品には事欠かないということもあるけどね」
「なるほどねえ。あ、困ったことがあったら今後も言ってくれよ? 煉ちゃんと謝礼のためなら一肌脱ぐぜ」
「覚えておくけど、ツケはためないようにした方がいいよ」
違いねえ、と笑う漂に肩をすくめ煉は店へと戻った。
「煉、店の方は全て確認した」
店に戻ると、店の中央に様々な骨董品が並べておかれていた。作業中にいくらかカオスも落ち着いたようだ。
「じゃあ、まずはこの中から魔法に関わるものを分けるところからはじめるとしよう。
今度はそこのテーブルの上に置いてくれればいい」
「どうやるんだい?」
「ここに魔力感知の眼鏡がある」
戸棚から眼鏡を取り出して煉はかける。
「それも、曰く有りの品対応かい」
「備えあれば憂い無しだからね……あぁ、まずはそこの花瓶だ、それからそっちのティーカップに……」
眼鏡をかけて骨董品を見渡し、煉は順に魔法の力が『視えた』ものを示していく。カオスと漂がそれらを取ってテーブルの上に置いていく。
10分ほどで、魔法の品の判別は終わった。テーブルの上には花瓶にティーカップ、カメオのブローチ、オルゴール、懐中時計、少女の姿の人形の六品が並べられている。
「この中のどれかが観鈴……」
「そうだと良いけどね」
「で、次はどうするんだい? 魔法を解くのは簡単じゃないと思うが……」
「こんな時のために解呪の力を秘めたカードを用意してある。
パチュリー・ノーレッジからもらったものだからたいていの魔法は解けるはずだ」
しかし、と眼鏡を戸棚にしまい、同じところからカードを取り出しながら煉は言う。
「あいにく、三枚しかない。無くなってもまた頼めばいいけれど、今日中には間に合わない」
「ということは観鈴を救えるチャンスは三回しかない、と」
「六つのうちの三つ……50%か。微妙な賭だな」
「そうだね。じゃあ漂、頑張って」
頷いた煉はぽん、と漂の腰を叩いた。
「……へ?」
「君が三つを選ぶんだ」
「なんで俺が。煉ちゃんがやるんじゃないのか? そうでなくとも親の教授の方がいいんじゃないのか?」
「教授だと思いが強すぎてかえっていけない。私も骨董品と魔法の品に慣れすぎているからだめだ。
となると適任は君だけだ。こういうのは、素人の客観的判断が必要でね」
「まさか最初からそのつもりで……」
「こうなる確証はなかったけどね」
冷や汗を浮かべる漂にさらりと煉は答えた。
「ちょ、ちょっと待て、教授だって……」
「漂、頼む」
流石の漂も狼狽するが、不安の色は隠せないもののカオスも頭を下げてくる。
「じたばたしても仕方がないよ、便利屋」
「……ちっ、クソ、わかったよ。外れても恨みっこ無しだぜ」
乱暴に頭をかくと、腹をくくって漂は言い切った。
「さて……」
六つの品物を前に漂は眉を寄せて考え込む。
模様も飾りもない、クリーム色の花瓶。
青い花の描かれた瀟洒なティーカップ。
天使の浮き彫りが施されたカメオのブローチ。
象牙細工のオルゴールはネジを巻くと可愛らしいワルツを奏でる。
銀製の懐中時計。
金髪の愛らしい人形。
観鈴という名の少女がどんな少女かわからないが――先入観がつくと駄目だからと詳細を教えてもらえなかった――どれも少女が変えられたものと言われればそれなりに納得が出来てしまう。
しかし選べるのは三つ。外すと一組の親子が不幸になる。
――どっかの旦那なら「ヘビィだぜ」って言うところだな……
六つの品物を睨み付けながら漂は心中でぼやく。だが選ばなければならない。この件にはタイムリミットまでついているのだ。
――素人の客観的判断ねえ……
一つ一つ、そっと手に取ってみる。
――……普通のとは違う気もするが……魔法のだって思ってるからかもしれねえし……
それから悩むこと15分。
なんとか漂は三つの品物を選び出した。
花瓶と、ティーカップと、人形だ。
理由はない。もう最後は「女の子女の子女の子……」と念じながら、直感に従って選んだだけだ。
「これにした」
「ご苦労さん。
それをこっちの絨毯の上に並べて」
漂が選んでいる間に敷いておいたらしい畳一畳ほどの大きさの赤い絨毯を煉は示した。
「へいへい」
頷くと漂は三つを絨毯の上に並べた。
カオスは祈るように手を握り合わせたまま、もはや何も言わない。
「じゃあ、はじめるよ」
カードを一枚、ピッと煉は構える。かと思うと見事な手つきでカードを放つ。
狙い過たず、カードはティーカップに突き刺さった。
次の瞬間、刺さったところから光が放たれる。
光の中でティーカップの形が崩れ、大きく変わっていく。
そして、光が消えたとき、そこには一人の女の子とおぼしき子が立っていた。
煉より小さな、背丈だけなら3歳ぐらいか。メイド服を着た銀髪の女の子の頭には、何故か犬耳が生えている。
「はずれ、か」
ぽつんと煉が呟く。
「はずれでしゅか?」
きょとんと女の子は首を傾げる。
「いや、こっちの話だ。お嬢ちゃんは誰だい?」
はずれははずれでも、この子もモノに変えられていた被害者だと思えば漂は煉ほどは素っ気ない態度は取れない。
「わたしはいぬさくやと申しましゅ。えーっと、どうなっているんでしょうか……?」
「詳しいことは後。漂、その子をどけて」
「はいよ。いぬさくやちゃん、こっちへおいで」
漂が手招きすると、いぬさくやはてとてとと歩み寄った。
「次行くよ」
カードを取り、煉は次のカードを投じる。
次に突き立ったのは人形。光に包まれた人形はしかし、何ら変化がない。
はずれか、そう三人が思ったその時。
「シャンハーイ」
ふわり、と人形が宙に舞った。
「これは……魔力を持った人形が封印されていたのかな」
表情の変化はないが、嬉しそうに飛び回る人形に煉が呟く。
「人形、とりあえずそこの棚にいてくれないかな。君の処遇は後から考えるから」
「ワカッタヨー」
人形は煉に助けてもらったと認識しているのか、素直に答えると示された棚へと舞い降りた。
「さて、これで最後だ……」
静かに煉は三枚目のカードを構える。
「行くよ」
煉がカードを放つ。耐えられなくなったのかカオスは視線を背け、漂はぐっと両の拳を固く握った。
カードが花瓶に突き刺さる。光が放たれる。花瓶の形が光の中で大きく姿を変え――
少女の姿に、変わった。
「やめて……って、あれ?」
何かを拒むように少女は手を突き出すが、すぐにきょとんと周囲を見回す。
少女の声に、はっとカオスが顔を向けた。
「観鈴!」
「おとう、さん?」
どうしたの? と言いかけた少女――観鈴にカオスは駆け寄り、強く抱きしめた。
「観鈴、観鈴! あぁ、よかった……」
「お父さん、どうしたの?」
観鈴はきょとんとして問いかけるが、カオスには応える余裕はなさそうだ。
そんな親子を見ながら、ふぃ〜と漂は大きく息をついた。
「よかったぜ……これも違ったらどうしようかと思った……」
「まあ、その時はその時さ」
そう言いながら煉は煙草を咥える。
自らの力で煙草に火をつける煉の口元には、小さな笑みが浮かんでいた。
「本当に助かった。ありがとう煉、漂」
「お世話になりました。ご恩は忘れません」
何度も礼を言ってカオスと観鈴――ちゃんと事情は聞いた――は風柳堂を去った。もちろん、カオスから煉に謝礼が手渡されている。
二人を見送った煉は、店の奥で何やら話し込んでいる漂といぬさくや、そして何故か混ざっている人形に目を向ける。
「……と、いうわけでわたしはどうやら魔法をかけられてしまったようなのでしゅ。
そしてみなしゃんに助けてもらいました」
「そうなのかー」
「シャンハーイ」
「そっちも話は終わった?」
咥え煙草で歩み寄る煉に漂は頷く。
「あぁ、いぬさくやちゃんも大変だったみたいだぜ。
っとそうだ、煉ちゃん、報酬報酬」
にへら、と笑って漂は手を出す。
「まだすることはあるよ」
「へ?」
右眉をつり上げた漂に、煉は店の真ん中を指さす。
「あれ。
店にあったものは店に並べ直して、倉庫のものは倉庫に返す」
「誰が」
「君が」
「ええっ」
「言っただろう、雇ったと。片付けまでが今回のお仕事だ」
「俺一人でかよ、そりゃないぜ〜」
「漂しゃん漂しゃん、わたしも手伝いましゅ」
「シャンハーイ」
嘆く漂にいぬさくやと人形までもが申し出る。どうやら二人に漂は好かれたらしい。
「じゃ、頼んだよ」
そんな三人を尻目に煉は、いつもの席に腰を下ろす。
ゆったりと紫煙を吐きながら、ウィスキーの瓶の蓋を開ける。
まだ日は明るいが、一仕事終えた後だ。一杯をやっても罰は当たるまい。
「あー! 一人で酒ってのはずるいぜ煉ちゃん」
ウィスキーにめざとく気づいた漂の声を無視し、煉は琥珀色の液体に口をつけた。
〜少女の巻〜・終
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