黄金色の夢を見る

 たまに、嘉神慎之介は夢を見る。
 黄金色に満たされた世界の夢。聞こえるのは、さわさわと無数の何かが風に揺れる音だけの夢。
 たぶん、夕日に染め上げられた世界なのだろうと夢を眺める嘉神は思う。
 眺める――そう、この夢は己が生じさせているものではないという確信が嘉神にはあった。
 このような光景は己の内にはない。それに胸によぎるこの想いも己のものではないと黄金色の中に在るものを見つめ、嘉神は思う。
 嘉神の胸をよぎる想い――行き場のない、迷い子のような『願い』。その主はきっと、黄金色の中に在るものに違いない。
 黄金色の中に在るものはいつも同じではないのだけれども。
 ある時は、青銀の髪を風になびかせ、佇む黒い服の少女。
 ある時は、ゆらゆら揺れる揺り椅子の上の、黒い猫。
 ある時は――黒い猫と少女が一緒にいる時もあったように嘉神は思う。
 けれど、嘉神が覚える想いはいつも同じ――

――…………


 誕生日というものが特別なものであることは嘉神慎之介にもわかっている。
 この世に生を受けた日なのだから特別であって当然だ。そしてたいがいの者にとってはこの世に生を受けることは幸いであるからして、誕生日を祝うのも当然のことだ。
 故に。
 夢魔であり今は嘉神と契約を結んだ使い魔のレンの誕生日を嘉神が祝ってやるのも、当然のことだ。
 ケーキはレン好みの甘さを控えたショートケーキを、プレゼントはレンの好みに合いそうな銀細工のブローチを嘉神が自ら選んで手配した。その日には出来うる限り時間も作る。
 だが――嘉神慎之介は思う。
 これで良いのだろうか、と。
 誕生日の祝いをレンが喜んでいることは確かだ。レンの満足した、嬉しそうな顔に偽りはない。
 にも関わらず、これで良いのかという思いは嘉神の脳裏から離れない。
 何故だ、と喜色満面、相好を崩してケーキを頬張るレンを眺めつつ嘉神は思う。ぎゅっとフォークを握った手や、たっぷり味わおうとしてかゆっくりと口を動かす様に、レンが幼い少女なのだということを改めて実感する。
「……レン」
 レンの口元に、クリームがついているのが目に止まった。
「……?」
 レンはわかっていないらしい。フォークを手にしたままきょとん、と小首を傾げる。
 仕方がない、と嘉神はナプキンを取るとそっとレンの口元を拭う。レンはおとなしくされるがままで――
――……む?
 嘉神の手が止まった。
 レンが浮かべた、ほんのりとした笑みに気がついて。
 ケーキを食べている時とも、プレゼントの小箱を開いた時と似ているけれど違う、嬉しそうな満ち足りた笑み。

 黄金色を嘉神は幻視した。さわさわと無数の何かが風に揺れる音を聞く。
 胸をよぎるのは黄金色、夕日の光の中にいる少女の――黒い猫の――レンの、願い。

――そばに、いて。ふれて。わたしに。

 嘉神は、ナプキンをテーブルに置いた。
 惑いは消えていた。己が何をするのが良いのかを嘉神は理解した。
 惑っていたのは、誕生日が特別な日だから。そして、それがあまりにもなんでもないことであり、それから――

 嘉神はレンの頭に触れた。優しく、そっと。さらりとした髪の感触を確かに感じながら頭を撫でる。
「お前の今日のこの日に、これから先の日々に、幸いを」
 今日既に告げた言葉をもう一度囁き、手をレンの頭から頬へと滑らせる。レンの頬はやわらかでひやりとしているようであたたかい。
 心地よい。
「…………」
 レンはフォークを置いた。
 頬に触れた嘉神の手に自分の手を重ねそっと、優しく頭をもたれさせる。
 その口元に先よりも鮮やかな喜びと幸福に彩られた笑みを浮かべ、夕日色の眼には嘉神の姿を映して。


 その夜、嘉神慎之介は夢を見た。
 黄金色に満ちた世界でさわさわと風に何かは揺れさざめき、レンはその中に在る。

――そばにいて。ふれて。わたしに。

 『願い』を抱き、レンは見上げる。
 傍らに佇む嘉神を。
 見上げたレンの頭に嘉神は触れ、撫でた。
 そっと、優しく。
 そして嘉神は理解した。
 これは己の夢なのだと。己の夢であり、レンの夢でもあるのだと。
 それが何やら嬉しく、嘉神は己を見上げるレンの眼に映るものから僅かに、視線を逸らした。
 現の昼と同じように。
 

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