堕天のまどろみ
――慣れとは恐ろしいものだな……
ベッドの中で嘉神慎之介はそう思った。
もう夜の明ける時だがまだ日は昇っていない。それでも夜の闇を吹き払う白い光がカーテンの隙間から部屋に差し込んできている。
部屋の空気は少しひんやりとしているが、ベッドの中はあたたかい。
布団一式を上質のもので揃えているからというのもあるが、一番の原因はすぐ傍ですやすやと寝息を立てているレンの、ぬくもり。
――よく眠っている……
嘉神の方を向いて少し体を丸めるようにして眠っているレンに、フッと嘉神は微笑みを浮かべる。
最初の頃は布団に潜り込んでくるレンを口やかましく叱っては自分の部屋に戻らせていたが、言っても言っても聞かないレンに嘉神が折れ――それではとレンが寝入った隙に別の部屋に嘉神が移ろうとしたのだが、しっかりと寝衣を握られていてそれもままならず――ならばとベッドの上で出来る限り距離をとろうとしてもいつの間にかくっつかれ――そんな夜が続き、しばらくは寝不足になったりもしたのであるが、いつの間にか気にせず熟睡するようになっていた。
それどころかいつの間にか、レンと身を寄せて眠るのも悪くない気分になっている。
レンのぬくもりが傍にあると、何やら安堵できてしまうというか落ち着くというか――
――……私はそんなに人恋しかったのか……?
確かに朱雀の守護神の役目に忠実であろうとするが為に、嘉神は人と進んでは交流しようとはせずに生きてきた。地獄門の禍を引き起こしてからはなおさらだ。
それが今や、こうである。己の心の有り様を嘉神が疑うのも当然のことだろう。
――本来ならば、情けない、と思わねばならぬのだろうな。
そう思ってみても、今の自分が情けないとも嘉神には思えない。ただ苦笑するのみである。
「…………」
何か感じたのか、もぞもぞとレンが身じろぐ。しかし目を覚ましはせず、嘉神の胸元に額をつけるようにしてまた深く寝入ってしまった。
そんなレンの青銀の髪に、そっと嘉神は指を絡める。さわり心地の良い髪は軽く手を持ち上げればさらさらと流れ落ちていく。
自分は堕落したのだろうと嘉神は思う。
夢魔であろうと、八百年もの時を生きていようと、幼い少女と共に一つ布団で眠るなど昔の自分では考えられなかったことだ。
しかもそれを心地よく感じ、毎夜当たり前のことになっているなど、過去の自分からすればあり得ない、許せない事態に違いない。
今でさえ、多少の背徳感と罪悪感はないでもない。
それでもレンと共に眠る一時はもはや手放しがたい。
――このぬくもりと引き替えならば……少々の罪悪感も悪くはない……
苦笑を口の端に残したまま、嘉神は目を閉じた。
今日はたいした用はない。レンと共にもう少し惰眠を貪っても構わないだろう。
レンを起こさないように気をつけながら、気持ち、頭をレンの頭に寄せる。
日だまりのにおい、レンのにおいがする。
そのにおいに、ぽかぽかとしたぬくもりに、日向でまどろむような心地で嘉神はまた眠りに落ちていった。
幸せな、安らいだ眠りへと。
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