誕生日ログ

君に贈るもの

「楓の、誕生日?」
 きょとんと首を傾げたククル・コーラルに、あぁ、と楓は頷いて見せた。
「祝うから家に帰って来いって」
 楓の「家」には養父である慨世――黄龍と義兄弟の守矢と雪、そしてもう一人の黒髪の楓が暮らしている。
 ククルと一緒にいるこちらの、金の髪の楓は気ままな暮らしが好きなようで、一人家を出ている。今はククルの目的を手助けするためでもあるのだが。
――そっか、誕生日かぁ……
 めんどくせーよなー、誕生日祝うとか子供じゃねーんだし、などと呟いているが、楓は嬉しそうだ。家を出ているとは言っても楓は別に家族を嫌っているわけではないのである。多少義兄に対して素直になれないところがあるぐらいだ。
――家族か……
 ネスツによって作り出された存在であるククルに家族などいない。強いて言えば同じKシリーズ達は兄弟と言えるかもしれない。しかし彼らと家族のような生活を送るなど、到底無理なこと。
――ううん、無理じゃなかったかも……しれない、けど……
 ククルは自分の両手のグローブを見つめた。見ていると理由がわからない、思い出せないのに切なさと懐かしさがこみ上げてくる、赤と青のグローブ。
「おいククル、聞いてんのか?」
 言葉と共に、くしゃくしゃとハチミツ色の髪をかき回された。
「……え、え、なに?」
 顔を上げたククルの目に映るのは、ニッと笑った楓の顔。
 髪の色も相まって、太陽のように明るい笑顔のまま楓は言葉を続ける。ククルの頭に手を置き、その視線に合わせるようにほんの少し、身をかがめて。
 その笑顔が、優しい手のぬくもりが、切ない気持ちを溶かしていくような気がして、ククルも小さく微笑んだ。
――いつも、そうだね……
 頭の中で響く「抹消する者を抹消せよ」という声、誰かの断末魔、理由のわからない、闇雲な恐怖――振り払っても振り払ってもククルの中から消えないそれらに溺れそうになるたびにすくいあげてくれるのは、いつも楓だ。
――楓の声はあの声と似てるのに……ちっとも恐くないんだよね……
「おいこら、またぼーっとして」
 ククルの頭から手を離し、今度はその額を軽くつん、と楓はつついた。
「え、あ、ごめんなさい……」
「謝るほどじゃないけどさ……ま、いいや。
 ククル、一緒にうちへ行こうぜ」
「一緒に……って、え、い、いいの? 誕生日なのに?」
 大きな目を何度もしばたたかせ、まじまじとククルは楓を見た。
 ククルの驚きと戸惑いを吹き払うように、楓は笑ってみせる。
「誕生日だからじゃねえか。祝いってのは賑やかな方がいいんだよ。賑やかに祝い、喜びを示す。それがいい気の巡りを生む。
 それに姉さんやお師さんも歓迎してくれる」
 楓が兄の名を上げないのは、意図的である。兄、守矢とて歓迎しないはずがないのであるが。
「うん……じゃ、じゃあ、お邪魔させてもらうね?」
 まだ少し遠慮がちだったが、こくんとククルは頷いた。
――せっかく楓が誘ってくれるんだもん。それに……楓の誕生日、私も祝いたい……
「今から行くの?」
「あぁ、そのつもりだが……」
 「どうした?」と問う楓にククルは「ちょっと待ってて」と答えた。
「ちょっと、準備がしたいの」
「気なんか使わなくたっていいんだぞ?」
 そう言いつつも少し照れくさそうな楓の顔を見て、ククルの意志はより強くなる。
――いつもお世話になりっぱなしだもの。そのお礼もしないと……
 ククルを動かすのは、楓に喜んで欲しいという単純で一途な想い。あの人達にはできなかったこと、楓には一杯してあげたい、そうククルは切に思う。
――? ……あの人、達……?
 記憶の中の無情なまでの空白にぽっかりと浮かんだその言葉に、ククルは小首を傾げた。しかしそれ以上の何も浮かばない。
「どうした?」
「ううん、なんでもない。すぐ戻るから、待ってて!」
 問う楓に首を振り、ククルは背を向けて駆け出す。何を贈れば喜んでくれるだろうか、弾む気持ちの中でそう考えながら。

「楽しそうな顔しやがって……」
 駆けていくククルの背を見送る楓は、常の彼に似合わず優しいものだった。
――誘うだけであんなに喜ぶとはな。やりがいがあるっつーか……
 ククルを見つめたまま、楓は携帯電話を取り出した。
「……あぁ、俺だ。予定通りククルも行くからな。よろしく」


「今日は楓さんの誕生日ですよね♪ どうしますー?」
 うきうきとした様子で扇奈は小首を傾げてみせた。さらりと艶やかな髪が、扇奈の動きに合わせて流れる。
「うん、そうなんだけどね」
 頷いた楓は、いつもと何も変わらない口調で答える。
「家で姉さん達がお祝いしてくれるって言ってるんだけど、扇奈も来ないかい?」
「……いいんですか?」
 ほんの一瞬返事が遅れたのは、ほんの少し扇奈ががっかりした所為だ。
――二人っきり……はないみたいですね……
 家族が誕生日を祝うのは当然のことなのだから、こういう事態になっても仕方がない。ことに楓は少々奥手――糸目男爵こと山本無頼や、天覇絶槍の真田幸村のように異性が苦手だったりもの凄くウブというわけではないのであるが――である。誕生日に親しい関係の男女が二人っきりで誕生日を過ごす、という発想が出てこなくてもおかしくはない。
「うん。扇奈が来てくれると僕も嬉しい」
 にっこりと笑んで楓は頷く。優しげな少年のその笑みと言葉は、扇奈を「仕方ないですね♪」という気分にさせてしまう。
――惚れた弱み、でしょうかね? それに……
 二人っきりで過ごせないのは残念だが、
――ご家族とご一緒させていただけるというのは、喜ぶべきことですしね♪
そう思えば悪くないことであるし。
「じゃ、行きましょうか♪」
 扇奈はするりと楓の左腕に自分の腕を絡めた。うん、と少々ぎこちない動きながらも頷く楓の頬は、ほんのり赤い。
「……あ、ちょっと待って」
 何か思いだした様子でそう言うと、左手を扇奈に預けたまま楓は携帯電話を取りだした。
「……僕だよ。うん、扇奈、来てくれるって。うん……うん、わかった。じゃあ買い物してから行くよ」
――おうちに電話してるんですね♪
 なるほど、とひそかに扇奈は頷いた。楓の口調からすると扇奈を連れて行くことは前もって家族とも話していたらしい。
 携帯で話す楓の横顔を見上げる扇奈の顔に、自然と微笑みが浮かんでいた。
――……嬉しい……
 形はどうあれ楓がちゃんと自分のことを考えていてくれたことが、そして楓の家族もそれを受け入れてくれたことが。
 護国院に封印の巫女のクローンとして生み出された扇奈には家族はない。同じ境遇の姉妹達はいるが、共に家族として暮らすことはおそらく無理だ。
 しかし扇奈は斬真狼牙達と出会えた。彼らは共に戦った大切な仲間であり、家族同然だ。それに扇奈は満足していた。
 楓と出会い、タッグを組む日までは。
――狼牙さん達だってとってもよくしてくれたのに、楓さんにこうして誘われて、ご家族にも受け入れてもらえることがこんなにも嬉しいなんて。私、結構欲張りなんですね……
 そんな風に思いながらも、この嬉しさは抑えようもない。
 胸の内に広がるあたたかい何かが溢れてしまいそうで、それがもったいなくて、ぎゅ……と扇奈は楓の腕を強く抱きしめた。


 楓達が住まう家は、現代日本をベースとするMUGEN界ではいわゆる「日本の古民家」に分類されるだろう。
 その家の囲炉裏の間が、二人の楓の誕生日を祝う会場であった。
 囲炉裏を囲むように宴席が用意され、御膳の用意が着々とされていく。料理の準備は雪が主になって動いているようで、その指示に従って楓達や守矢が忙しく囲炉裏の間と台所を往復している。
「……お手伝いしなくて良いのかなぁ」
「そうですよねぇ」
 座布団の上にちょこんと座って、ククルと扇奈は顔を見合わせた。「もう準備は終わるから二人はここで待っててね」と雪に言われたからこうしているが、準備にいそしむ皆を見ていると申し訳ない気分になってくる。
「それに、ここ、上座ですよね」
 部屋をぐるりと見回して扇奈は小首を傾げる。
「上座?」
「あ、えっと、立場によって部屋の座る位置というのは決まってくるんですけど、私達が座っているのは普通偉い人が座る位置なんですよね」
「……じゃあ私達が座るのは良くないんじゃ……」
「なに、気にすることはない」
 口を開いたのはククルの左手側に座っている黄龍であった。この家の主である黄龍は一人、手伝うことなく腰を下ろしている。ククルと扇奈が雪達の会話から判断する限りは「良いからおとなしく座っていて下さい」と言うことらしい。
――黄龍さんは体が大きいからかなぁ。
――黄龍さんは不器用なんでしょうか?
 二人が同時に、やや失礼なことをうっかり考えているのを知ってか知らずか、囲炉裏の薪を火箸でつつきながら黄龍は言葉を続ける。
「そなたらは客人。客人を上座に上げるのはなにもおかしくはない。今日の主役である楓のパートナーであればなおさらだ」
――やっぱり、この席は楓さん達のものなんですね。
 納得して扇奈は心中で頷いた。主である黄龍が上座から外れていること、ククルと扇奈の隣に一つずつ席が設けてあることからそう思っていたのである。
「それに、客人にあれこれと手伝わせるのは申し訳ない」
「でも、今日の主役の楓さん達は手伝ってますよ?」
「自分のことは自分でするものだ」
 そう言う黄龍の口元は笑っており、その言葉は冗談とも本気ともつかない。
「む、用意も整ったようだな」
 黄龍が顔を上げるのと同時に、守矢と雪、二人の楓の四人が戻ってきた。それぞれが手にした盆から膳に料理を並べ終わると、揃って席に着く。
 上座中央に並んで二人の楓。黒い髪の楓の隣に扇奈、金の髪の楓の隣にククル。上座左手には黄龍、右手には雪と楓が座っている。
「さて……」
 一同を黄龍が見渡す。きっと養父である黄龍の一言で、楓の祝いの会が始まるのだろうと扇奈とククルが思っている内に、黄龍の視線は二人の楓の元で止まった。
「あぁ」
「そうだね」
 得心顔で二人の楓は頷いた。かと思えば、隣に座っている扇奈とククル、それぞれのパートナーに向き直る。
「?」
 きょとんとした顔をする扇奈とククルに、二人の楓は笑顔で言った。
「今日を、扇奈も一緒に祝いたいんだ」
「今日を、ククルも一緒に祝いたい」
「え?」
「え?」
 何を言われたのかよくわからず、扇奈とククルは頭の上にはてなマークを浮かべながらそれぞれのパートナーを見つめた。
「一緒に祝うって……どういうことですか?」
「楓を、みんなと一緒に祝うってこと? そうするために私、来たんだよね?」
 問う二人に、二人の楓は全く同時に「うーん」と唸った。困ったわけではなく、どこか照れくさそうである。
「ええと……ものすごく簡単に言うと、なんだけど」
「乱暴に言っちまうと、な」

「君にね」
「お前のさ」

「誕生日を」

「贈りたいんだ」
「祝いたいんだ」

 楓の目は真っ直ぐと、扇奈を、ククルを、見つめている。
「どうだ?」
「どう、かな?」
 反応を伺う二人の楓を扇奈もククルもただひたすらに見つめ返し、楓の言葉を自分の内で何度も繰り返す。

――私に、誕生日……?
――私の、誕生日……?

 扇奈には誕生日などない。護国院に造られた日はあるがそれすら扇奈は教えてもらっていない。知るよしもない。
 一方ククルの空白だらけ記憶には、「自分が造られた日」は残っている。だが今まで誰からも祝ってもらったことなど無かった。祝ってくれる人どころか共に過ごす人さえいなかった。
 それを、扇奈が持っていなかった「誕生日」を楓はくれると言っている。
 それを、ククルが一人で過ごしてきた「誕生日」を楓は祝うと言っている。

――……私の、誕生日……

 ゆっくりと言葉の意味を理解すると共に、少女達は楓の想いを強く、実感する。
 自分が祝われる日であっても想ってくれている、そのことがとても嬉しくて、嬉しくて――

「楓さん!」
「楓!」

 扇奈もククルも、楓に飛びついていた。
 楓の首に両腕を回し、ぎゅうっと抱きしめる。
「おっ」
「わっ」
 いくらか驚きつつも、黒い髪の楓は扇奈を、金の髪の楓はククルを、しっかりと受け止める。
「ありがとう、楓!」
「ありがとうございます、楓さん!」
 喜びに頬を上気させて感謝の言葉を口にする二人の少女に、二人の楓の顔も赤くなる。照れくささに、そして腕の中への少女への愛おしさに。
「良かった、喜んでくれて」
「ごめんな、遅くなって」
 愛しさを込めて二人の楓はそっと大切なパートナーの背中を撫でる。
「楓さんがこんな素敵なものを贈ってくれて、嬉しくないはずがないじゃないですか♪」
「遅くたって良いの。楓の気持ちが、ほんとに嬉しいの」
 少しでも自分の喜びを伝えようと、二人の少女は抱きつく腕に力を込めた。

「……こほん」

 咳払い、一つ。
 その主は、一見いつもと変わらぬ冷静な面持ちに、気まずさげな色を垣間見せている守矢だ。もっとも黄龍と雪は――雪は気持ち頬を染めてはいるが――微笑ましげに楓達を見守っていたのだが、とりあえずそれで楓達は我に返った。
 扇奈はえへ、と舌を出し、ククルは慌てた様子で楓から離れる。
 二人の楓はあははと笑いながら全く同時に頭をかいている。
「では、はじめようか」
 いつもと何ら変わることのない、落ち着いた声で黄龍が言う。その顔の上半分は毛皮の覆面で隠しているため本当はどう見ていたのかはわからないと言えばわからないのである。
 頷いた一同は、異口同音に言った。
 黄龍と守矢と雪は楓達を見て。
 黒い髪の楓は扇奈を、扇奈は黒い髪の楓を見て。
 金の髪の楓はククルを、ククルは金の髪の楓を見て。

「誕生日、おめでとう」と。
 

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