誕生日ログ

ある特別な日の優しい時間

 ぐるぐるとレンは喉を鳴らした。
 午後の日差しに照らされたテーブルの上には空の皿とカップ。
 外はまだまだ残暑が厳しいが、室内はほどよい涼しさが保たれている。
 三時のお茶を――誕生日のケーキは実においしかった――終え、レンは黒猫の姿で嘉神の膝の上にいた。人の姿でないのは、ただの気まぐれ。強いていうなら、より甘えられるからだろうか。
 ずいぶん慣れた――慣れさせた、とも言う――とはいえ、生真面目な嘉神は少女の姿のレンにはまだ「多少の」照れやためらいがある。しかし猫だとそれが和らぐのだ。
 どちらも自分であることには何も変わりないのに、と不満や物足りなさをレンは感じているが、一方で嘉神のそういうところもまた愛おしい。
 すり、と嘉神の胸元に頭をすりつければ、応えるように嘉神はレンの背を撫でる。心地よい感触に、更にレンは喉を鳴らした。
 うん、と背を伸ばし、今度は嘉神の首筋に頭をすり寄せる。くすぐったげに嘉神が首をすくめるのに構わず、何度も。
 時にぺろりと、嘉神の頬を、唇を舐める。少し甘い気がするのは、先程食べたケーキのせいだろうか。
「こら、レン……」
 嘉神はとがめるが、本気で拒む様子はない。少し困った様子の笑みを口の端に宿し、なだめるようにレンの背中をぽんぽんと軽く叩くだけだ。
 それに気をよくして、レンは姿を少女のものに変えた。
 う、と動揺の色を見せる嘉神に構わず、するりと腕をその首に回す。
「…………」
 じいっと向けるのはおねだりの視線。
――今日は私の誕生日。プレゼントは、ケーキだけ?
 わずかに嘉神の視線が泳いだ。それは宙からテーブルの上を滑って、レンへと戻る。
 少女の姿に変わってもレンの背に触れたままだった嘉神の手が、そっと、腰へと下りる。
「レン……」
 レンの姿を碧い目に映した鏡の頬には、あえかな朱。
「誕生日、おめでとう」
 今日何度目かの言葉を、嘉神は囁いた。心からのものであることは間違いない。だが今は同時に、照れ隠しでもある言葉。
 顔を寄せる嘉神に、レンは目を閉じてあげた。
 

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